普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




国民は国と戦っている

あぁ、そうかと気がついた。9月11日のあの日より、国は「テロとの戦い」と言いだした。テロリズムという暴力に染まってしまった人達がいて、私達をそのテロ行為から守るために国は戦ってくれるのだと。
さて、今回の香港のデモ報道を見ていて、気がついたのは、以前は国と国の戦いを戦争と呼んだけれど、テロとの戦い、これは国と個人の戦いだ。つまり、国は個人に戦いを仕掛けてきている。
国とはいえ、どいつがどういう考えを持っているか、把握はしきれないだろう、つまりは国民全員がテロもしくは準テロ容疑者だということだ。
戦中、日本でのプロパガンダ、「鬼畜米英」、これは、敵は人間ではない、人間ではないんだから、殺してもなんら問題はないという、国民の意識を変換させるものだった。
人を騙すには、まずは自分が騙されていないと説得力はない。
香港政府はデモをする人達を既に同じ人間と考えていないのではないかと思う。
今回、条件が揃ったため、香港でその様相を現わしたけれど、例えばこの国では、軍備を増やし福祉を切り下げている。モンサントで土壌を破壊する、水道という国の大きな責任を投げだす。
つまり、国、指導者層と呼ばれる人達は私達を「鬼畜国民」同じ人間ではないから、何をしたってかまわないのだという認識だ、そう考えれば、国の行為がそういうことだったのかと納得できる、そんなふうに思う。

 

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広島原爆

興味あり。
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あとで

羽仁五郎の言葉
それで野呂栄太郎が獄死したあとで、かれの遺命に従ってぼくが書いたのが『ミケルアンヂェロ』で、あれは伏せ字がないんだ。二字だけイタリア語を使った。それは「フィレンウェは陸軍なくして国を守り、ヴェネチアは海軍なくして繁栄した」というところだ。ちょうどいまの自衛隊と同じさ。国を守るのにすぐ軍隊と言うやつは、ルネサンス以前の思想だよ。フィレンツェにしてもヴェネチアにしても軍隊などはもたないで、世界を指導したのだ。結局、絶対王政によって侵略されてしまったが、しかし、ぼくは、平和を守って滅びるということは、国民の最大の名誉だと思っているんだ。
こないだもTBSの吉永春子君にだまされて、「おはよう日本」の最後の「日本を考える」という討論に出たら、村松剛という若先生が、憲法は国民のためにあるので、国民が憲法のためにあるのじゃないなんて、ありゃなんていうか、ナンセンスというか、およそくだらないことを自民党の中曾根康弘などといっしょになってい言うんだ。どっちがどっちのためかなどと、何のことかわけのわからないことを言って国民を混乱させて、結局、憲法という一枚の紙が残って国民が滅びるというようなことになったらどうするんだ、なんてことを言って国民を脅かすから、オレはそういう国民になりたいやって言ってやったんだ。
聖書にも書いてあるとおり、「われわれは年数において生きるのではなく、行為において生きるのだ」。日本民族が何千年生きたって、いまみたいに恥ずかしいことばかりやっているよりも、たとえ明日滅びるとしたって、あの憲法を守って滅びたということになれば、それこそ日本民族の永遠の光栄ではないか。オレはそういう国民の一人になりたい。日本国民がそれくらいの決意をもっていれば、現代の世界のどの国が日本を侵略して日本を滅ぼすことができるか。そういう決意こそがほんとうに国を守るものなのだ。佐藤栄作みたいに、国を守ると言えば軍備のことだといって、一台二十億円もするFXなんてあやしげなものをアメリカから売りつけられて、それで三菱重工業などの大企業をもうけさせて自民党の政治資金を稼いで、保育所の予算を削ったり、大学などに金を出さないで口ばかりだしているなどという遅れた観念は、ルネッサンス以前だよ。

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むこうまち富永屋

難しいことだ。
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山本太郎の出演した番組について

山本太郎の出演した番組について思うこと。

 

 

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いたちの最後っ屁、ではありませんが、泥憲和の本をご紹介です。

安倍首相から「日本」を取り戻せ!!
護憲派・泥の軍事政治戦略
著者 泥憲和 かもがわ出版

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/a/0720.html

いたちの最後っ屁、ではありませんが、泥憲和の本をご紹介です。
自衛隊についての捉え方に、私は彼と違う考え方を持っていますが、この国がどれほどの危ないところまですたすたと来てしまったか、それがわかりやすく書かれています。

さて、江戸時代まであった反乱、一揆を含めた不服従の姿勢が随分と薄れてしまった原因の一つに、明治からの富国強兵を目指した公教育があると私は思っています。
鶴見俊輔のいう一番病に罹患した患者の副作用の一つに一年ごとの記憶喪失があります。
この記憶喪失には有効な治療法はないようで、その症状を抑える術は多年日記を書き、過去の自分に誠実でいつづけることしかないのかなと思っています。

 

 

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東京裁判と

= 東京裁判と
[2019-07-16 20:31]

韓国で活躍する日本人アイドルに「出て行け!」 エスカレートする「反日感情」 識者「一部の声を韓国マスコミが煽ってるだけ」
夕刊フジ / 2019年7月16日 17時11分

https://news.infoseek.co.jp/article/00fujifor1907160008/
東京裁判について、鶴見俊輔がどれかの本に書いていた。国に狩り出された国民が裁判にて戦争犯罪者として判決を受ける。国の犯罪が個人に集約されるわけだ、それを正当化するためは、「個人は、国の戦争に参加せよという強制に抗う権利があるはずだ」ということ。
記事を読んでいて、それを思いだした。国民は必ずしも国に同調する必要はなく、あえていうなら、同調しないことで、国を滅亡から遠ざけることができるのではと思った。

 

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「私の地平線の上に」鶴見俊輔著 潮出版社刊

「私の地平線の上に」鶴見俊輔著 潮出版社刊
https://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000003589485

多分、最初に読んだ鶴見俊輔の著作が「私の地平線の上に」鶴見俊輔著 潮出版社刊 だったような気がします。違うかもしれないけれど
(一つ前で「。」をつけて、その後の文に句読点を用意しないという書き方もリズムがあっていい)

p233 ひきがえるの歌
「21年7月18日 石川三四郎先生訪問のこと」という一文があります。明治から昭和を生きたアナーキスト 無政府主義者です。
彼についてはfacebookのこちらの記事 https://www.facebook.com/search/top/?q=%E5%9C%9F%E6%B0%91%E7%94%9F%E6%B4%BB&epa=SEARCH_BOXが詳しいです。その他、青空文庫にも彼の文章があります。
アナーキスト、というと、無頼、暴力的という印象がありますが、「政府」というモノを信頼しないという点では共通していますけれど、彼は国という統治システムや政府というモノに信頼が置けない、よって、山に入るという選択肢を選んだ、山の中に小屋を作り、畑を開墾して、戦争が終わるまでその生活を営みました。

青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1170.html

一部抜粋開始

日本の今後の見通し。今のプロレタリア運動は、中央集権的、官僚的、形式主義的であって、今後においてもこれから多くの期待し得ない。望みはむしろ、敗戦により失望して田舎にこもり自己反省を行いつつある人びとにある。
今まで、自分は、森林にかくれよということを説いて来たが、もうそんな必要はない。
国のすみずみで各自が小さな私塾風のものをつくって教育に従事すること。それから各種の小さな消費組合および生産組合が発達すること これに望みがある。教育ということをともなわぬ社会思想または運動には、意義はない。
代議制度というものに意味なきこと。万事について、自己の意見を他人に代表してもらうことに何の意味があるか。また自己の宣伝をして当選する者に、どうして、すぐれた人があるか。

一部抜粋終了

抜粋は鶴見俊輔が石川三四郎に会いに行く、その時の石川三四郎との会話をメモしたものです。

オルテガが「大衆の反逆」にて、民主主義が機能を維持するには政府と国民の間にしっかりとした中間団体、それはボランティア団体であるかもしれませんし、キリスト教の団体かもしれませんが、そういった中間団体がいくつもしっかりと機能していること、それによって、初めて民主主義が機能する。また、宇沢弘文氏の言う「社会的共通資本」の拡充によって、生きやすい社会を生み出すことができる。敗戦1年後のアナーキスト 石川三四郎の言葉は、いまの時代にこそ、必然のものではないか、「私の地平線の上に」を読みながら、考えておりました。

 

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仕方ない帝国 高橋純子著

仕方ない帝国 高橋純子著
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248295/

これは面白い本だと思った。
前半半分がエッセイ、後半はインタビューになっている。その後半で今の政権はヤンキー化しているという文章があった。
p142 「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まぁなんとかなるべ」という空疎に前向きな感性のことで、
とある。

妙な思考停止、俺じゃない、誰か賢い奴が考えればいいんじゃないという投げ出した感、ヤンキー化、こういう便利な言葉があるのだと納得した。

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秋篠宮家を家庭崩壊させた「元凶」は誰だ

秋篠宮家を家庭崩壊させた「元凶」は誰だ
プレジデントオンライン / 2019年7月3日 9時15分
https://news.infoseek.co.jp/article/president_29203/

アドラー心理学から、この件をごにょごにょ書いてみる。
アドラー心理学では、なんらかの問題が生じたとき、誰が困りますかということに注目する。その問題は、それに困っている人の課題で、その課題は困っている貴方が解決するほかないのだ、だから、回りの人達がかわりに解決してあげることはできない、ただ、手助けはできるとしています。
さて、この件では、誰の課題であるかというと、小室圭氏の課題であると考えます。
小室さんしかこの課題、問題を解決すべき人はいません。他の人間が解決しようとすれば、あらたな問題を生じさせるだけです。
ただ、その小室さんが逃げて、ま、課題の場から離脱したように見えますので、この課題の解決は遠のいたなとは思います。

私がこんなことを書いたからって、どうなるわけでもなければ、流れ何処ぞへ消えていく文でしょうけど、思ったことは、その時々に語っておかないと、私自身が迷子になってしまうので書いています。

 

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イラストでわかる疲れないカラダの使い方図鑑

イラストでわかる疲れないカラダの使い方図鑑
木野村 朱美著
中村 知史イラスト
定 価  1,296円(本体価格 1,200円+税8%)
判 型  A5
ページ数  160
ISBN  978-4-262-16573-8
https://www.ikedashoten.co.jp/book-details.php?isbn=978-4-262-16573-8

書店にて立ち読みしましたが、この本は私ら年寄りにはかなりのお勧め。膝が痛い、腰が辛いなどなど。その原因の多くが体の動かし方を間違っているから。
考えてみれば、椅子から立ち上がるときはこうするんですよと教わった人なんて数少ないのではありませんか。この本はわかりやすいイラスト付きで説明も丁寧です。
かなり、お勧め。
もっとも、私は立ち読みしただけで、買っていませんが。
それは、私の単純に趣味趣向の問題で、この本の説明する体の動かし方の基本はアレクサンダー・テクニークという体の使いかた、意識の仕方で、私は別の系列のものを学んできた、かつ、心の狭量な人ですから、拒絶、拒絶とひねくれているのでございます。
これは良いと納得していても拒絶する、心の狭い人間なのでございます。

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06-04

2019-06-04
田中さんと喋る

 

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06-03

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左足ブレーキの

アクセルと踏み間違えない「左ブレーキ」が、普及しない理由 (1/4)
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1705/09/news042.html

数人、ブレーキペダルは左足で踏むのだという人たちを知っています。なるほど、と思いまして、試しに敷地内でそのように操作してみましたが、案外、具合がいいなぁと思います。
ただ、無分別にお勧めするのは難しい、万が一、これが原因で事故されては大変ですし。

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高級ホテル「デュシタニ」誘致 京都市が小学校の跡地に

= [2019-04-21 11:09] 高級ホテル「デュシタニ」誘致 京都市が小学校の跡地に https://www.kyoto-np.co.jp/local/article/20190220000169 上記記事には載っていないけれど、実際の京都新聞紙面には、ちょっと、違う感じで載っています。 記事では▼元植柳小学校の跡地が高級ホテルになりますよと伝えているだけですが、新聞紙面では、住民の反対、不透明な計画を識者が指摘と、誘致や誘致決定の経過への疑問などが語られています。情報の取捨で随分と印象が変りますね。 一番の問題は、災害時の避難場所であった同校の体育館を解体して、近くの公園の地下10メートルに再整備するとのこと。もちろん、水害の場合は、ホテルを避難場所に提供していただけるということですが。 京都市はここ数年来、観光都市として、京都を随分と売りだしていますけれど、観光都市化を推し進めるということの実体は、「都市のテーマパーク化」であると思うのです。 いろんな地域にいろんなテーマーパークがありますけれど、従業員さんたちは、仕事としてそのテーマパークに務めています。 でも、京都に住む人達は従業員ではありません、生活者です、それを見落してしまうと、大きな負担を無理強いしてしまいます。 そして、今回の体育館を地下へと追いやるということは、観光都市テーマパーク「京都」に元小学校の体育館なんて必要ありませんよという一つのメッセージでもあります。 どうして、京都市はこの方向を選んだのか。 それは税収、お金を得るためでしょうけれど、本来はその方向が適切なのか、他に選択肢はなかったのか、大くの市民が主体者として考えるべきで、上意下達に決めこんでしまおうというのは、どうも気色が悪いです。 私の印象としては、テーマパークどころか、「京都」そのものを売りにだしているという感じです。

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「精読 アレントの「全体主義の起源」」牧野雅彦著 講談社選書メチエ

ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」を中程で挫折した私です、だって、頭悪いですから。
ま、そのように拗ねていても仕方がなく、なぜ、読み通せなかったのか、一つには彼女の時代がどんなだったか、その背景への知識が随分と私に足りてなかった、というのがあります。
本には、どうしても読まなければならない種類の本がありまして、彼女の「全体主義の起源」はその一冊にあたると私は考えます。

ということで、今日、三月書房にて買ってきたのが、「精読 アレントの「全体主義の起源」」牧野雅彦著 講談社選書メチエ。
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000195566

いわゆる解説書のようなもので、こんな私でも理解できるよう懇切丁寧に書いてあります。
これを読み終えたら、もう一度、「全体主義の起源」を読んでみようと思っています。

ついでに

昨年カラスウリの種をまき、いくらか育っていたのですが、冬、上部はすっかり枯れそのままにしておりました。
今朝、プランターをひっくり返して確認したところ、3、4センチの株がいくつか出てきました。これを新しい土に植え替え、夕方から雨、夜10時、いまも降り続いています。水やりする手間も省けました。

 

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軍隊はえらく金を食うので

軍隊はえらく金食い虫なので無くてもいいんじゃないか。
それは、公共機関が不要というような小さな政府的な考え方でなく、軍隊は存在しなくても、国は存立し続けることができるかも、国民がそれなりに幸福に生きていくことができるかも、なんて気がするからです。

27の国に軍隊がないという。
正直なところ、あまり聞いたことのある国名でもあるけれど、それくらいの方がいいかもと思ったりする。
日本、そういえば、そんな国あったっけ、と思っていただける方が平和かもしれない。
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翁長雄志知事の他界

翁長雄志知事の他界、私的は大問題だと思うのに、なんだか、世間の扱いが低いような気がして、苛立つ。

安室奈美恵さん、翁長知事死去でコメント
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-778660.html

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あちこちらに忖度

朝一の作業を終え、家に戻る。
家人がテレビを見ながらご飯を食べている。
さて、テレビでは、「男 山根明」氏が、どれほど身勝手で悪い奴かと司会者やコメンテーターが語っている。そして、こういう人物を支えた、もしくは、作り出したであろうまわりの人たちを糾弾し、忖度はいけないということを言外に語っている。
考えてみれば、多分、男 山根明氏は冷蔵庫の水は何本で、なんて言っていないだろうと思う。
私の勝手な想像だけれど、最初は水がテーブルに置いてあっただけかもしれない。
それを、男 山根明氏が、なんだ冷えてないじゃないか、なんて言い、それじゃあと次からは2本くらい冷蔵庫に入れて、それを男 山根明氏は、微妙な表情を醸し出したのかもしれない、その表情を見て、次は4本にしておこうなんて、そんな感じでマニュアルが出来上がってきたのだろうと思う。
さすがに、男 山根明氏は用意しておくモノリストを手書きし、これ、打っといてくれと息子にプリントアウトさせたりはしないだろう。
忖度を餌に、山根明は男 山根明に変じていったのだろうと思う。
私はほんの少しだけ人間不信の気分があるので、新たな男 何某が誕生しないことを望んでいたりする。
さて、この話題が終わり、次の話題はお盆休みの帰郷のこと、亭主の郷についていくのはしょうがないけれど、なんだか、気も使うし嫌だなぁという奥様への話題。
姑が、いいのよ、ゆっくりしてくれればいいんだから、と笑顔で語るとき、その言葉をそのまま受けとるべきか、それとも夕飯のお手伝いをするべきか、コメンテーターの回答は自分のエプロンを持っていくべし、つまりそつなく手伝えということだった、もっとも、ここで私はお茶を飲み終えたので後は知らないのだけれど。
まさしく、これは上下関係における忖度である。
ついさっきまで、忖度ってだめだよねと言ってたはずが、話題が変われば忖度しなきゃしょうがないよねぇと言っているわけだ。
なんで、こんなことになってしまうか、上下関係ではなく、人間関係は横の関係でいようとうたうのはアドラー心理学で、結局のところ、横関係の方が幸せでいられるということだ。だから、この場合は手伝って欲しいなら、一緒に夕食の準備してくれると姑が言えばよく、嫁は勇気を持って、私はこう思うのですけど、お母様、お手伝いしましょうかと言えばいい。
なぜ、そうテレビの人たちは言わないのか、単純に受けが悪いからである。
そんなことを言えば、こっちの苦労も知らないでさぁと評価が落ち、それが視聴率、ひいてはスポンサー様のご気分を害してしまうため、忖度した結果なのである。
もう、あちこちに忖度という罠があるのである、なんか、しんどいのである。

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「優れた演説が埋もれるのはもったいない」

「優れた演説が埋もれるのはもったいない」。本より早く枝野演説をWebにアップした人物が語る「国会文字起こし」の意味
https://hbol.jp/172014

一年で何冊の本を読むか、そういうアンケートがあるなら、多分、私は読んでいる方かもしれないかなという気がする。
そんな私が本と著者との関係において考えるのは、これはなんて良い本なんだと感嘆したとする、でも、それが必ずしも著者がそういう本を書くだけの人格者であるとは限らない、ということだ。
私はそんな学習をしたので、彼の発する言葉から彼の人となりを判断することを諦めている。彼がどんな行動を実際に為したか、それを判断の基本にしている。
これは同時に、言葉とそれを発した人とを分離し、言葉そのものを、独立したモノとして評価しようということでもある。

私は枝野氏がどんな人物か、どうも、判断し切れないのだけれど、言葉というモノは発した人から独立したモノだと考えているわけだから、これは興味深い言葉だと思うことができるのなら、読んでみようと注文したわけだ。

枝野幸男、魂の3時間大演説 安倍政権が不信任に足る7つの理由
    枝野幸男/〔述〕 ハーバー・ビジネス・オンライン/編
出版社名     扶桑社
出版年月     2018年8月

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