普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




QOPTDOS

2015.04.22

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2015.04.19

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2015.04.18

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http://monobe.info/doku/doku.php?id=start

 

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なんと、グラミン銀行が日本進出を検討

グラミン銀行が日本進出を検討
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/143234
グラミン銀行といえば、開発途上国や貧民層の多い国での事業と思っていたし、いまも、そうなんだろうけれど、そうか、日本も進出を検討するに値する国だったのだなぁと改めて気づかされた.
グラミン銀行が始まった頃は、イスラムらしい、互助の面白い銀行ができたのだなぁと思っていたけれど、いま、検索するとあまり芳しくない記事も多いなと思う.
いわゆる消費者金融、サラ金は銀行と一体化し、カードローンというものに化けたと私は思っているのだけれど、ちょっと、似ているかもしれないかなと思ったり.

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京都新聞朝刊、「蓮池透 恐怖あおらず対話を」という記事があった

京都新聞朝刊、「蓮池透 恐怖あおらず対話を」という記事があった。
北朝鮮のミサイル発射に伴ってか、新聞やテレビ、北朝鮮の人たちの現地の言葉が紹介されたりすることが増えたような気がする.
言葉の内容は、威勢の良い言葉ばかりで、米国には負けないぞという雰囲気である.
こればかり見ていると、怖い国だなとか、なんだなんだやる気か、なんて、受け取る人たちも増えてくるのではないのかなぁと危惧していたりする.
例えば、テレビ局が、北朝鮮に潜入して、膝を付き合わせて、それで本当のところはどうなの、どう思っているのと信頼関係をしっかり築いた上での彼らの言葉なのか、北朝鮮の報道を勝手に取捨選択して持ってきたものかで、内容はまったく違うものになるかもしれない。
それを考えたとき、あぁ、これは「鬼畜米英」の言葉に踊らされていた、70数年前の私たちの先輩たちと同じなのかも知れないなと思う.
プロパガンダをそのままに受けとるのは恐ろしい.

私自身は生きている以上、死ぬことは免れないし、その気分は、年を重ねるほどにはっきりしたものになっていっている。ただ、戦争で死ぬのは嫌だなと思うので、それは戦争に加担するのも嫌だし、頭の上にミサイルが落ちてくるのも嫌だという意味で、なんとかならんもんかなと思っている.
北朝鮮とアメリカの、地理的にも、その間にある国の住民としては強く思う.

ただ、この国もだし、あちらこちらの国もどうも威勢が良いというか、右傾化というか、この腕っ節でねじ伏せる的雰囲気になっていると思う.これは自由主義経済における、競争原理の激化であると私は思うのだけれど、どうも、国は、いや、この場合は国家と表現する方が良いのかもしれないけれど、国家が過激な方向へと向かって行くならば、どんな力がその国家を逆向きに、まぁまぁ、頭を冷やせよと、向かわせるのかと考えたとき、「個人」の力しか見当たらない.
大正、昭和の初め、平和や反戦の声を発していた人たちの多くは、一番大事な時に、口を噤んでしまった.
平和な時に反戦を叫ぶのは容易だけれど、戦中にそれを叫ぶのは恐ろしい.
とにかくは、私もびびりなので、戦争になったら口を噤んでしまうだろうし、なら、戦争にならぬよう、いまのうちから、出きることをするのが、大人としての役割かなとか思ったりする.

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北朝鮮ミサイルより野球だろ 納得する

長嶋一茂、生放送中に「北朝鮮ミサイルより野球だろ」発言で番組混乱の背景

デイリーニュースオンライン / 2017年9月15日 21時18分
https://news.infoseek.co.jp/article/dailynewsonline_1355403/


私は長嶋一茂という人を知らない、野球の選手であったということと、名字から類推するに、まったく野球に感心ない私でも、この人は長嶋という、野球の偉い人の関係者だろうとは思う.フルネームを書こうとして、下の名前が思い出せなかった.
さて、記事では北朝鮮のミサイルより野球の話題をせよという彼の発言にお怒りのようだが、私はちと長嶋一茂氏、良いこと、言うではないかと思った.
記事を読んで思い出したのが、小田実が入院していた頃の、彼のエッセイである、多分.いま、この文章を書くために読み返していないので、おおよその記憶で書いている.
入院中、友人が見舞いにきた.その彼は見舞いにと、子供がままごとで使うような、まとめて手のひらに載る小さな椅子をいくつも持って来たらしい。
君はこういうの好きだろうと言う.いくつもあった小さなおもちゃの椅子はそれぞれ色も形も違っていた.

つまりは、いろんな人間がいろんな方向に向かって、いろんなことを言っている状況、この状況こそが平和ということなんだということだと思う.
多分、太平洋戦争の始まりと、前半、まだ、調子の良かった頃の、国民のほとんどが一つの方向へ向いてしまったことの反省でもあるし、「現実に可能な平和」とは大きな力によって抑え込まれることではなく、多くの人たちがばらばらに言いたいことを言っている状態こそが平和なのではないかなと思っていたりする。
だから、今回の長嶋一茂氏の発言は面白いと思ったし、こういう人たち、もしくは、連中が好き勝手に、ミサイルと同列の重要度で、野球やサッカー、恋や趣味を語ることが、なんとか平和を続ける手段ではないかなと思ったりする.

 

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立誠シネマ、無くなるということ

立誠シネマ、無くなるということ.元小学校がホテルになるらしい.
中にあった卒業生製作のプレートだとか、どうなるのかなぁと思う.
今あるものを、できるだけ有効に活用する、その方がいいのになぁと思っている.とっても、雰囲気のある元小学校で、子供たちの息吹がそこかしこに残っている.
つぶして、新しいのをつくって、お金を動かしたいのだろうな.

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アントニオ猪木氏の行動について

訪朝のアントニオ猪木氏「交流が必要」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017090600973&g=prk

私自身は北朝鮮に行くのは嫌である.
だって、拉致されたり、行方不明になったりするのは御免こうむりたい.
ただ、私自身は行くのはなんだか嫌だけれど、俺行くぞという人の足を引っ張るべきではないとは思う.だから、アントニオ猪木氏が訪朝するぞというなら、ありだと思う.
というのも、国同士のもめごとを戦争という形での解決をしようというのは、被害が大きすぎる。北朝鮮とアメリカが戦争ということになれば、速攻、北朝鮮はアメリカ ワシントンにICBMを打ち込もうとするかというと、まず、そんなことはない。うまく届かないかもしれないし、途中で迎撃されるかもしれない。
日本だって、太平洋戦争を始めたとき、アメリカの首都を爆撃したわけじゃない、まずは真珠湾である.
とするなら、近場でなんとかしよう、つまり、日本と韓国の米軍を攻撃しようとなるのは、まず違いない.
最終的に北朝鮮は焦土となるかもしれないけれど、それまでに日本や韓国が焦土になるかもしれないし、日本に住む私も、どちらかの爆撃で殺されているかもしれない。私も随分、生きてしまったなぁとは思うけれど、そういう仕方で死にたくはない、小田実の言うところの「難死」は避けたい.
国同士が反目しあい膠着しているのなら、個人同士が対話し、戦争は嫌だよね、という気分をなんとか広げていかなければ、どうにもならない。

アントニオ猪木氏が具体的に何をしにいくのかはわからないけれど、飯食って帰るだけかもしれないけれど、とにかく行ってこいという気分である。

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全体主義の起源 100分DE名著 NHK

全体主義の起源 100分DE名著 NHK
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/69_arendt/index.html#box01

多分、全体主義怖ぇと初めて思ったのは、中学時代の夏休みの塾の課題、20冊ほどの小説の感想文を書けというもので、先生の指定した本の中にあったのが、ジョージ・オウエルの「動物農場」だったかなと思う.その後、ジョージ・オウエルの短編集を読んだのは高校生くらいだったか。

「全体主義の起源」ハンナ・アーレント著 欲しいけれど高い本だなと思っていたところ、この100分DE名著 である。
買わなきゃならんではないか、うーん。

さて、このところ、えらく違和感を持つことがある.スポーツなんかで、日本人と他の国の人とが競い、日本人の選手が勝ったとき、日本が勝った、日本が勝ったと連呼するテレビ放送である.
いや、違うでしょう.勝ったのは、日本人の誰々さんで、日本が勝ったと表現するのは正確ではないでしょう.
スポーツを国対国と捉えるのがどうも面白くない.
で、選手には日本を背負っているとか、ずっしり、「日本」というモノを背負わせる.
選手も、金銭面でいろんな人に世話になっているから、「え、私が勝ったんで、別に日本が勝ったわけじゃないすよ」、なんて言えようはずもなく、日本のために頑張った感を演出する.
戦中の、これって、特攻と似ている気もする.

ここには、国と国民を同一化しようという、排他主義的な、全体主義的な、日本民族最高!民族主義的な危うさがあると思う.
つづきはまた。

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満州・黒川開拓団「乙女の碑」

ソ連兵の「性接待」を命じられた乙女たちの、70年後の告白
満州・黒川開拓団「乙女の碑」は訴える
平井 美帆 ノンフィクション作家
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52608

ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」
http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2017-08-05/31/31922/2259585/

ETV特集で、やはり気になったのは娘たちの親がどう考え、どう受け止めたかだ。
番組では接待をした女性が父は賢い人であった、立派な人であったと強く語っていた.
私はそれを見て思ったのはアドラー心理学でいうところの「過去の解釈を変える」ということだった。
当時、彼女がどう考えていたのか、どう思ったのかは、それは想像できるし、多分、その想像はそれほど違ってはいないだろう。いま彼女が父を立派な人と考えるのは、それによって、自分がさせられた接待を正当化できるということだ。この行為は皆を守るための、救うための重要な行為であった、そう思うことで、彼女はなんとか生きてきたのではと思う.
それは、とても辛く厳しいことであったに違いない、そう思う.

週刊現代の記事を読むと、その後の男たちの声が聞こえてくる.

 

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「歴史修正が恐ろしい」日本フォークソングの始祖、中川五郎はだから歌い続ける を読む

「歴史修正が恐ろしい」日本フォークソングの始祖、中川五郎はだから歌い続ける
かつて朝鮮人虐殺が起こった現場で、彼は語った。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/31/nakagawa-goro_a_23193091/?utm_hp_ref=jp-homepage

記事にあった書籍。
加藤直樹著「九月、東京の路上で」(ころから刊)
を注文した.

他の国での虐殺、ジェノサイドだけでなく、日本でも、記事の関東大震災での虐殺や花岡事件もある。

それを考えたとき、「日本は素晴らしい」だとか「日本人は優秀である」という言説はどうも気にくわない.
愛国精神を当然のように要求されると息苦しさを覚える.

この頃、「愛国精神」ではなく、「愛隣国精神」というのを提案したいと思ったりする.
つまり、隣りの国はいいなぁと、隣国の良いところに注目するわけだ、隣の芝生は青いなぁと良いところを強調していく。

よろしいですなぁ
いやいや、それほどでも。それより、そちらの国の方が
なにを仰います、うちなんかとてもとても

謙譲の精神は素晴らしいということで、なんとか。

 

 

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スーパープレゼンテーション<吹き替え版>▽ヨーロッパイスラム系若者たちの苦悩

スーパープレゼンテーション<吹き替え版>▽ヨーロッパイスラム系若者たちの苦悩
http://www4.nhk.or.jp/superpresentation/x/2017-08-31/31/16992/1514207/

イスラム過激派の人たちが、どのようにして、イスラム過激派になっていったのか、私自身,よくわかっていなかった。
番組を見て、なるほど、そうだったのかと納得する。
自爆テロ、自分も死ぬわけだ、他の誰でもない自分自身を殺すという行為まで行きついてしまう、それは何に起因するのか。
9月2日、字幕版にて再放送、かなりお勧めです。

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2017.07.16 旧奈良監獄(奈良少年刑務所)見学会

旧奈良監獄(奈良少年刑務所)見学会を開催します!
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1496047986287/index.html

友人と見学して来ました.
一般見学は13時で、私は12時すぎに着いたのですが、既に長蛇の人人。

係の方が、ここは罰を与える場所ではなく、社会に戻るため更生する場所だとおっしゃっていました。
重い錠がドアにはありますが、不思議と開放的な感じもしました.
私は2年間、いえいえ、職業訓練所におりましたが、ちょっと、雰囲気が似ていました.

 

 


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木漏れ日の教会 Mouri Amiko solo exhibition

= 木漏れ日の教会
[2017-07-15 16:55]

木漏れ日の教会、見上げるような大作です.
うーん、背伸びして覗いてみたり、しゃがんで見上げてみる、はて。
頭突っ込んでみて、ふむ。

この作品がなぜ教会なのか.
信仰心皆無の私ですから、教会といっても、よくわかりません。結婚式や賛美歌、黒人女性のゴスペル、ま、これは映画の影響ですけど、そういったものが浮かんでくる、でも。
ふと、気づいたのが、開かれたドア、それを見たとき、ふっと思い出したのが梨木香歩著 「春になったら莓を摘みに」というエッセイ。梨木香歩が学生時代過ごしたアパートの婦人、ウエスト夫人.彼女は、たとえ理解できなくともその人を受け入れるという姿勢の人であったとのこと。

そうか、この開かれたドアは「受け入れる」ということなのか。
そう気づいたとき、これは正しく教会であると理解しました.
人はどうしようもなく生きていく、この生きていくという一点において、人は旅人である.この教会は、生きていく中での中継所であり、休憩所であり、「これから」へと向かう旅立ちの先端であるのだ、受け入れ、そして、送り出す場所、それこそが作者の思う教会ではないのかと思いました.
他の作品、一群の「花のある景色」、この青を主体とした小さな花々は虚空に浮かぶ星であり、それらが、教会と同じ次元に存在した瞬間、これは宇宙であり、「木漏れ日の教会」は宇宙ステーションである、と感じ入った次第です.
陶器で作られた宇宙ステーションは、もやもやとしていて、固くて柔らかく、鋭角的でとても丸くて、なんとも面白いものでした.時間があれば、おう一度観にいきたい.

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2017.07.07 文章の素材

2017.07.12

今までどおりに他者に自身の人生を委ねたいと思っているのではないか。

2017.07.07

国は私たちの頭の上にあるのではなく、私たちの足の下にある。
つまりは依って立つための土台であるし、また、土台でしかない。

 

戸籍謄本

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2017.07.17 古賀茂明「安倍政権の戦略ミスで電気自動車は世界最後尾の日本 トヨタ社長の涙の意味」

https://dot.asahi.com/dot/2017070900023.html?page=1
古賀茂明「安倍政権の戦略ミスで電気自動車は世界最後尾の日本 トヨタ社長の涙の意味」

つまりはもっと電気自動車に力を入れておけば良かった、失敗したなぁという話ですが、貿易で農産品の輸入で関税なくします、だから、車の関税を減らしてくださいねという、TPPについても、他の貿易協定にしても、基本の日本の姿勢がこれであるのですが、他国からは、ガソリンエンジン車は要りませんと断られるでしょうし、電気自動車は開発最後尾ということでは、目も当てられないなぁと思っております.

今後、二極化がより進み、私のような貧乏人が増えていくのでしょうけれど、そんな中で、いまの乗用車の代わりとなる、お高い電気自動車を買うことのできる層は減るでしょうし、余計に自動車の輸出が重要になる。ところが、性能が低ければどこも買ってはくれないでしょうから、参ったなぁということで。

ついでに書きますと、使用済バッテリの問題は大きく、電気自動車がエコであるとは、言いきれない、と思っています.

これからは、自転車と大八車ですな。

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2017.07.08 素人が教養を杖に専門家と対峙していかねばならないということ

素人が教養を杖に専門家と対峙していかねばならないということ。

以前、テレビで

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2017.07.04 グローバリズムの行き先のこと 習近平の習近平による習近平のための「香港返還20周年」

グローバリズムの行き先へと、一番手に突き進んだ姿が、この香港でのことかなと思います.
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52198?


グローバリズムは国境を溶かしていく作業でもあります. 現在の、日本をはじめ多くの国の右傾化は、このグローバリズムと深く関わっているように思います.
国とは、既得権益受益者を内在しておりますが、国境が溶け出すことで、国その物があいまいになってくる。それは、既得権益を得ることを困難にします。
グローバリズムによって、利益を得ている時代は良いのでしょうけれど、それはいつまでも続くわけではありません。その利益が上がる時代を終え、次の時代に入ったのが、まさに今の時代です.次の段階では得られる利益が薄くなるに合わせて、その分を補うために範囲を拡大させようとします。ただ、全体は限られていますから、パイの奪い合いになります。

つまり、自分はパイが欲しいけれど、自分のパイをほかに譲ってやりたくはない、この発想こそが右傾化を産み出しています。

 

 

つづく

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2017.07.06 纏糸掌について 健康法のこと

肋骨を折りまして、このまま、じっとしていてはならんなとリハビリを始めました.

さて、そのリハビリ用に練習しているのが、纏糸掌なのですが、この練習法について少し解説をしてみます。

軽いものを速く動かすのは、重いものを動かすより簡単です。

軽いものをはじき返すことは簡単ですが、重いものをはじき返すのは難しいです。太極拳も武術ですから、効果的な突きを打ち出せるよう練習します。その練習法の一つが纏糸掌です。

これは、体の部分を切り離し、また、繋げるという動作を学びます。

つづく

 

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2017.07.05 大抵、複数の本を掛け持ちで読んでいます.

大抵、複数の本を掛け持ちで読んでいます.
いま、読んでるのは、
「今日の芸術」岡本太郎著と「空気の研究」山本七平著です。両方共、まだ、途中ですが、似たものを対象に書いているように思えます.
山本七平は「場の空気」「雰囲気の支配」について説いておりますし、岡本太郎は、今までのものを打破し新たに想像せよと書きます.
これは以前に読んだ三木清の「人生論ノート」における「妬みについて」とも共通するかと思います.

一冊、最初から最後まで読み終えてから、次の本に移るのが本来ですが、同時に複数の本を読むと、お互いに補完し合うこともあり、なかなか、面白いものです.

今日は今年最初の桔梗が咲きました.
いまはユウスゲが満開、もうしばらくすると、ヒオウギが随分と咲くようになるでしょうし、その後は、初めて、タムラソウが花を咲かせる予定です.
花が咲くのは楽しい。

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2016.07.22 問いつづけて-教育とは何だろうか

2016.07.22 問いつづけて-教育とは何だろうか

友人のfacebookの記事を読んで思い出した。

何十年も前、小学校からの、数少ない、とある友人と、多分、30才くらいの時に話したことを思い出したのだ。

自分は学校の先生になりたかったんだとお互い、少し照れ笑いをしながら話した。教師になりたい、学生時代、そう思っていた。もちろん、私は親の仕事を継がねばならなかったので、はなから無理であったのだけれど。

なぜ、そんな話を彼女としたのかというと(友人は女性である、ただし、彼女と言っても恋愛云々の彼女ではなかった、とても残念)、彼女との話の中で、林竹二の本を読んで、教師になるのをあきらめたという、不甲斐ない共通点があったからだった。

教育学者 林竹二 彼は、奥さんと二人で小学校をまわり、授業をした、 「人間について」という授業。ソクラテスをはじめ、哲学者を題材に彼は授業をした、それは授業巡礼と呼ばれている。

問いつづけて-教育とは何だろうか http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000019645982&Action_id=121&Sza_id=F2

既に絶版だけれど、表紙の女の子の笑顔は、林竹二の哲学の授業、大人でも難しいという内容を、理解した瞬間を捉えた表情だ。 20代、そこそこ、純真さをいくらか残していた私と友人は、がつんと衝撃を受けたわけだ。 ただ、哀しいかな、林竹二の授業への情熱に臆してしまい、普段の言葉で言うなら、「びびってしまい」、違う道を選んだということ。

夜はつい饒舌になってしまい、つまらないことを書きすぎてしまった。

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