普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




あちこちらに忖度

朝一の作業を終え、家に戻る。
家人がテレビを見ながらご飯を食べている。
さて、テレビでは、「男 山根明」氏が、どれほど身勝手で悪い奴かと司会者やコメンテーターが語っている。そして、こういう人物を支えた、もしくは、作り出したであろうまわりの人たちを糾弾し、忖度はいけないということを言外に語っている。
考えてみれば、多分、男 山根明氏は冷蔵庫の水は何本で、なんて言っていないだろうと思う。
私の勝手な想像だけれど、最初は水がテーブルに置いてあっただけかもしれない。
それを、男 山根明氏が、なんだ冷えてないじゃないか、なんて言い、それじゃあと次からは2本くらい冷蔵庫に入れて、それを男 山根明氏は、微妙な表情を醸し出したのかもしれない、その表情を見て、次は4本にしておこうなんて、そんな感じでマニュアルが出来上がってきたのだろうと思う。
さすがに、男 山根明氏は用意しておくモノリストを手書きし、これ、打っといてくれと息子にプリントアウトさせたりはしないだろう。
忖度を餌に、山根明は男 山根明に変じていったのだろうと思う。
私はほんの少しだけ人間不信の気分があるので、新たな男 何某が誕生しないことを望んでいたりする。
さて、この話題が終わり、次の話題はお盆休みの帰郷のこと、亭主の郷についていくのはしょうがないけれど、なんだか、気も使うし嫌だなぁという奥様への話題。
姑が、いいのよ、ゆっくりしてくれればいいんだから、と笑顔で語るとき、その言葉をそのまま受けとるべきか、それとも夕飯のお手伝いをするべきか、コメンテーターの回答は自分のエプロンを持っていくべし、つまりそつなく手伝えということだった、もっとも、ここで私はお茶を飲み終えたので後は知らないのだけれど。
まさしく、これは上下関係における忖度である。
ついさっきまで、忖度ってだめだよねと言ってたはずが、話題が変われば忖度しなきゃしょうがないよねぇと言っているわけだ。
なんで、こんなことになってしまうか、上下関係ではなく、人間関係は横の関係でいようとうたうのはアドラー心理学で、結局のところ、横関係の方が幸せでいられるということだ。だから、この場合は手伝って欲しいなら、一緒に夕食の準備してくれると姑が言えばよく、嫁は勇気を持って、私はこう思うのですけど、お母様、お手伝いしましょうかと言えばいい。
なぜ、そうテレビの人たちは言わないのか、単純に受けが悪いからである。
そんなことを言えば、こっちの苦労も知らないでさぁと評価が落ち、それが視聴率、ひいてはスポンサー様のご気分を害してしまうため、忖度した結果なのである。
もう、あちこちに忖度という罠があるのである、なんか、しんどいのである。

[/memo] permanent link e

最近の同じ項目の記事です

  1. 翁長雄志知事の他界
  2. 「優れた演説が埋もれるのはもったいない」
  3. 数年ぶりだろうか、通しで2時間テレビ番組を見た
  4. 20180722 メモ書き
  5. パリで「旭日旗」を掲げた日本の自衛隊に
  6. タテカンギャラリー
  7. 教育
  8. 太極拳の
  9. 戦争の大問題