普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




右目が少し見えるようになってきた気がする

右目が少し見えるようになってきた気がする。
ということで、2年前の3月、自動車免許の更新だったのだけれど、大きな不安として視力があった。
左目は大丈夫なのだけれど、右目が厳しい。
視力の検査表、円の一部が欠けているやつ、右目は上から3番目か4番目辺りまでしか判断つかない。
ピント調整がだめなのかなと、更新一ヶ月前くらいから、毎日、右目だけ、薬局で買ってきた目薬を差していた。「刺激」が2か3くらいのもの。パッケージに刺激の度数が書かれていて、真ん中ちょっと手前辺りだった。
でも、目薬を差すと、うぉぉっと声を上げたくなるほど痛く、それども続けていた。
結局、免許の更新は左目の視力とその視野角で通った、右目が見えてませんねと検査官が言っていた。
それ以降、右目は目の前すぐにコピー用紙を置かれたように、明暗しかわからなくなった。

改めて、考えると私は阿呆である。
私は歯並びも随分と悪く、長い間、虫歯だったので、しっかり歯を磨かなきゃと、歯磨のチューブ、ちょっと小さめだけれど値段は1,000円以上というのを選んで利用していた。歯を磨いてゆすぐとその水が真っ赤である。いや、本当にしっかりと赤色。本当に阿呆である、悪い血が出ているのかなと思っていた。
今思えば、歯茎の毛細血管をびしばし切っていたのだろうなと思う。
いまは、濃い目の塩水で歯を磨いている、これはかなり快適だ。

コンビニの弁当やおにぎりを食べると翌朝、確実に痔になり、パンを毎日食べると背中に吹き出物ができる。

とことん、薬や添加物に弱いのだなと思う。
思い起こせば、物心ついてから、飲んだ薬は痛み止めにトンプク2、3度と、数年前、インフルエンザにかかりタミフルを一度飲んだだけだ。薬とはほぼ縁のない生活を送っているので耐性が低いのかもしれない。

免許更新から2年が経ち、実は右目が少し見えるようになってきた。コピー用紙からもっと薄手の紙になり、もののあわい輪郭と色が少しわかるようになってきた。
これから3年後、免許の更新だけれど、誕生日が近づくと思い出すのは、左目に目薬を差さなくて本当に良かったということだ。
両目がこうなっては、仕事も生活も成り立たない。

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うたた寝のかけら

椅子に座り、珈琲をいただきながら見る。
花さしがルーマニアのパンフルートのように思えた。
いい感じで過ごすことが出来た。外は日曜日の水族館である。
また違う、何かのまじないの結界の中にいるように思えた。

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私は佐佐木信綱という国文学者の名前を聞くと

私は佐佐木信綱という国文学者の名前を聞くと、申し訳ない気分になる。

私が中学から通っていた個人学習塾 N塾は、かなり際立った個性のある塾だった。
塾長 N先生は随分前に亡くなられたが、私にとって、最初に大きな影響を与えた人だ。夏の合宿では、山の中で、樫の木の棒を持って匍匐前進の練習をさせるような変わった人ではあったが、その読書量は恐ろしいほどで、まるで、無数の本を積み重ねて家が作られているのではないか、と思えるほどだった。

そのN先生が、ある時、興奮気味に目を見開いておっしゃったことがある。これこそ、日本語の文法だと強くおっしゃったのが佐佐木信綱の表した文章だった。
名詞、動詞といった分類は英語を参考にした分類であり、日本語にはそぐわない、佐佐木信綱の、この文法論こそが日本語文法の正解だ、おおよそ、そんな話だったと記憶している。

私は出来の悪い生徒だったので、佐佐木信綱の、それがどの本だったかが思い出せない。
鶴見俊輔の本を読むと、彼の姉、和子の話題がある。
佐佐木信綱は鶴見和子の和歌の先生である、本を読む度にその名前を読む。N先生の言っていた本はどれだったろうと、申し訳なく思うのだ。

http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1691.html

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久方ぶりに

久方ぶりに大阪は梅田、賑やかなところに来る。
阪急うめだ本店 7階。
日下部直起・柏本龍太・美浪恵利 3人展 を堪能する。

私は日下部さんの特に塔を描いた作品が好きであったりする。
「真昼の月」が表に展示されていた。
有明の青い空に白い塔が映えている。
阪急電車に乗り、帰り道、思いを巡らせる。

そういえばと思い出したのがこの本。
「不逞老人」鶴見俊輔 黒川創対談 河出書房新社

自分が死んだ後も、未来のことが気がかりかどうかを問われ、鶴見俊輔が「自分がいま生きているという感覚のなかに、かけらとして永遠がある」と答えた。
それを、学生時代に聴いた講演を語ることで解説した内容。

以下抜粋
哲学史上の説に置き換えるとすると、ホワイトヘッドがこういうことを言っている。「いま、この建物が、どれだけの容積の立方体としてここにある。ということは説明できる。そして、この建物も、ものとしてはやがて滅びていく。だけど、この立方体に価値観が含まれて、いまここで感じたことが非常に重大だと感じたならば、それは永遠だ。つまり、永遠は、価値観を入れたときに初めて生じる。価値観を抜きにしたときには、それはない」と。私は、これを、「不滅について」という、彼のハーヴァード大学での最終講演でじかに聴いたんだ。

抜粋終了

私自身、大きな病気や突然の事故でもないかぎり、まだ、当分は生きるかもしれない。
でも、いまの小さな子供達が大人になる頃、私は生きていないだろうし、談合で話題となっているリニアモーターカーが建設されたと仮定して、それが大阪まで繋がる頃には生きてはいないだろう。
ただ、昨年から関心を持っているアドラー心理学の核、共同体感覚というのは、単純に言えば、みんな仲間なんだよということだ、そして、その「みんな」とは、人間だけでなく、あらゆる生命、また、生命以外のもの、宇宙全体過去未来のすべてを、みんなという。

それを思うとき、塔は永遠を内包する価値観を有しており、私はそれに憧れるから、好きなのだなと気づいた。

 
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日下部 直起

阪急うめだ本店にて「明日を担う作家~日下部直起・柏本龍太・美浪恵利3人展」開催中です。各作家10点ずつ展示。お近くの方はぜひ御高覧頂けますと幸いです。
3月6日(火)までです。私は4日、6日在廊予定です。

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天窓

昨夕からの強風に、朝、工場の中から見上げれば、いい感じで空が見えた。強風が湿気も吹き飛ばしてしまったのか、なかなかの青空だ。
とにかくは何処かに迷惑をかけていないかと、飛んだ屋根を探しに出かけたが見つからなかった。
業者さんに依頼すると来週半ばであるとのこと、雨が降らなければいいなと思う。

さて、改めて、見上げてみると、なかなかのいい具合である、写真に撮る。天窓である、雲が切れて青空になりかけたところを狙って写真に撮ったのだが、なかなかに難しい。
先ほど、そうだ、この天窓から月を写せば、なんだか、いい感じになるかもと、見上げてみたが、角度が合わなかった。

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水野広徳が日本は戦争をする資格がないと書いた

26日、京都新聞朝刊にて

「中国主席の任期撤廃へ 習氏終身支配に道」との記事があった。
この案が通れば、多分、通るのだろうけれど、巨大な全体主義国家がすぐ近くに完成するのだろうなと思う。

さて、1940年代初め頃、水野広徳が日本は戦争をする資格がないと書いた。読み返してはいないので、微妙な表現の違いはあるかも知れませんけど。
http://www.mizuno-museum.or.jp/shokai.html…

考えてみれば、アジア辺境の小国、日本が大国と戦って勝てると考える方が不思議だ。国土の狭さは逃げしろの無さと資源の少なさを示している。
いまの国の指導者達も多分、それは十二分に承知で、アメリカのトランプ周辺に擦り寄っている。とにかく、勝馬に乗るべし、乗るべしということだろう。アメリカの属国、もしくは植民地であることを受け入れることで、虎の衣を借りたいわけだ。

中国が全体主義国家になり、私はそれほど遠くない時期にアメリカも全体主義国家になるのではないかと危惧している。

そうなると、韓国、北朝鮮、日本、台湾も入れておくけれど、こういった小国は二つの巨大な全体主義国家の間でうまく泳ぎきらなければ、国を維持できそうにない。
日本の指導者層達は、トランプのイエスマンになることで、うまく泳ぎきろうと考えているのかもしれない。
でも、それは矢面に立つだけの自殺行為だ。
北朝鮮は小国故に核を持つという方法で、うまく泳ぎきろうとしているように思えるのだけれど、この方法は裏目に出る可能性の方が高いように思える。

うまく生き延びる方法は、いかに蚊帳の外に居つづけることができるかだ。まともに向かい合わない。普通の国にならないということだ。
と、記事を読んで思いました。
長文は目に辛いなぁ

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「東九条」という記録映画が3月に

柳原銀行記念資料館 平成29年度企画展及び記念シンポジウムの開催について
http://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000232308.html

鶴見俊輔を読み続けると、「在日」が関心の一つになるのは間違いないことで。
「東九条」という記録映画が3月に柳原銀行記念資料館にて上映されるらしい。これは観にいかねばと思う。

 

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シアターリミテ公演 Do・p・pu・N を観る

シアターリミテ公演 Do・p・pu・N を観る。
明日、明後日も公演がありますから、詳細を書くことはしませんが、人としての自分自身の不実に向き合う機会を与えてくれた舞台だったと思います。
公演が終わってから、改めて細かいことも書くかもしれませんが、都合さえつくなら、もう一度、観にいきたい舞台でした。

2月23日
2月23日〜2月25日 · 人間座スタジオ · 
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微笑み外交

https://news.infoseek.co.jp/article/shupure_100180/

微笑み外交よろしいじゃござんせんか。テレビをつけますと、こんなしがないおっさんに向かって微笑んでくれております、ありがたいありがたい。
批判するばかりではなく、韓国も日本も微笑み外交をなさればよろしい。
むさ苦しいおっさんに外交を任せるのではなく、なんとかいいましたな、かわいい女の子たちが唄い踊る、えーけーびぃよんじゅうしちでしたかな、はちでしたかな。
ああういう子たちに色んな国へ出かけてもらい、微笑んでいただきましょう。
難しい大学を出て、外交官になったおっさん同士がパイの取り合いをするより、かわいい女の子たちが「みんなでわけよっ」なんて言う方が、おっちゃん、応援するぞという気分になります。

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綾瀬はるかの『世界平和』の夢を

オリコンの記事を読んでみてよく分からない。 綾瀬はるかの発言が荒唐無稽で回りが唖然としたということか、それとも、私の夢は映画のヒットですと言うであろうと思っていたところ、世界平和が私の夢だと彼女が言ったので唖然としたのか、どうも当の記事からははっきりしないのだけれど、おいちゃんはNHK、バルサ以来のにわか綾瀬ファンなので、綾瀬はるかが、夢は世界平和と言うなら、おいちゃんの夢も世界平和である、男らしく言いきってしまおう。 気が合うよね、一緒に飲みにいかないって言いたい気分である。 一応、書いておくと、何年か前にヒロシマの語り部にインタビューする番組に綾瀬はるかが出演していた。 語り部たちの言葉が心に深く残っているのかなと思う。
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ゼッケン8年

ゼッケン8年 日本の古本屋にて検索したが見当たらず

電子書籍で出版されていると教えていただいた。

 
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本当に大切な種子を護ろうと思うなら

本当に大切な種子を護ろうと思うなら、個人が自分自身の名前付きで、手の内にて護らなければならない、とても大変なことだけれど。
かなり、以前、新聞に冷泉家当主の談話があり、平安時代からの事物を国に任していたらとっくに散逸していた、家宝として護っていたからこそいまもあるのだということが書いてありました。この文章を書くために記事を読み返していませんから、おおよそではありますが。

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石牟礼道子

新聞夕刊を読んで、かなりの衝撃を受けた。
立って新聞を読んでいたら、膝が抜けて尻もちをついていたと思う。
石牟礼道子が亡くなった。

言葉を奪われた患者の魂、世界文学に 石牟礼さん死去
https://www.asahi.com/articles/ASL286DNFL28TIPE032.html

いま、かなり気落ちしている。
もちろん、面識なんて全くないし、随分、お年でもあったのだから、いずれ、こういう日が来るわけだが、巨大な理性とそれに裏打ちされた執念を失った。

落ち着いたら、続きを書く。

水俣病患者の苦しみや祈りを共感をこめて描いた小説「苦海浄土」で知られる作家の石牟礼道子さん(90)が10日、亡くなった。…
asahi.com
 
 
  1. 古書店 カライモブックス 石牟礼道子の本を多く置いているらしい。一度、のぞいてこよう。
  2. 私の気分と致しましては、オリンピックどころではない。石牟礼道子の追悼番組を放映せよと、そんな思いです。
    https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2016069018SA000/

    私のパソコンでは視聴出来ません。

    メモ」

    2018年2月10日に亡くなった石牟礼道子さんは、水俣病に関心を持つ多くの人と深く交流した。美智子皇后もその一人だった。天皇・皇后両陛下が水俣に行ったとき、極秘裏に胎児性患者と面会したことがあるが、それは石牟.....

     

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道路が陸上トラックに「変身」 京都、通行巡りトラブル

道路が陸上トラックに「変身」 京都、通行巡りトラブル
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180127000057

ワイドショーで繰り返し取り上げられていた。
切り返しを繰り返し細い道を行く配達トラックや何十メートルもバックしていかないと本道に至らない軽自動車の様子が何度も繰り返し放送されていた。
救急車も手前で停めて、ストレッチャーを押して走ってくるとか。大変だと思う。
ただ、怒られるかも知れないけれど、あまり、私は学園側に怒りを抱くことができなかったりする。
日常生活が大変になった、自分がそういう立場になったら嫌だなぁと思うのに。
学園の立場からこの事件を見た場合、どう見えるか。
50年も自由に使わせてあげていたのに、なぜ、そうまで言われなきゃならんのだ。こっちだって、学生を集めるのに大変なんだ

そう考えても不思議ではない。
だから、私は、もしも住民側が50年使わせてくれてありがとう、ただ、封鎖されてしまうと、これからの生活が普通に成り立たなくなってしまう、そこのところも考えてくれよ、という姿勢でインタビューに答えていたなら、おぉ、そうだそうだと共感したかもしれない。
学園は理不尽だ、とか思っていたかもしれない。
こういうのも、自己プロデュースというのか知らないけれど、もうちょっとうまくインタビューに答えていたら、共感してくれる人も増えて、お互いが歩み寄るような方向を見出せたのかもと思ったりする。

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ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎

『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎』公式サイト
http://www.bitters.co.jp/nipponnouso/

福島菊次郎のインタビューを新聞で読んだことがある。報道しなければならないのなら法律を破ることも厭わない、というような言葉だ。なお、新聞切り抜きのスクラップブックを予め読んでいないから、おおよそ、そういうことを言っていた、という記憶をしている。
鎌田慧が書類送検されたことはもちろん、時代を遡れば、たくさんの報道者が法律に基づき逮捕されている。
そこから導き出される答えは、法律が力の強い者に寄り添っているという成り立ちだ。

2018.01.15

 

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ほんやら洞全焼を知る

物部 俊之
2015年1月18日 ·

友人の日記を見て、ほんやら洞全焼を知る。
昼から、その近くに用事があり、10分ほどの場所、足を伸ばす。
前面に防塵用のシートが設置され、横の隙間から、関係者の人たちか、出入りしている。
少し覗き込む、真っ黒の穴になっており、炭の匂いが漂う。
歩道には焼け残った額縁入りの写真が、消火のときの影響だろう、水にふやけて乾かすように立てかけてある。

私より、一世代上で、京都の学生だった人たちにとっては、特別の思いがある場所だろう。

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子供、銅像と握手していた

2日の新年会の前、四条河原町上がったところに設置されていた銅像。たまに、子供と握手していた。

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うろ 樹祠

古い樹木の
古い樹木には「うろ」ができる。
樹祠と書くらしい、中が腐ってぽっかりと開いた穴だ。
さて、不惑の歳もずいぶんに終え、私の内部にも「うろ」が大きく成長しつつある。
今まで何をしてきたろう。つまりはこれから何をしていこうという気分よりも、残り時間の減少に伴い、お前は何をどうして来たのだという焦りが見上げるほど、大きくなってしまう、これが「うろ」の主たる構成要素なのだろう、天地逆転して私の中の「うろ」が私を飲み込もうとするのだ。
多分、私の他にもこんな気分の人たちが多いであろう。

「うろ」を樹木の祠と言うならば、供え物でも線香でも焚き、それでも、どうしようもないのであれば、とにかく手当たり次第に辺りのモノを詰め込んで、「うろ」の存在を無くしてしまおうと画策するのだが、どうもこの「うろ」は食虫植物の遺伝子でも取り込んでいるらしく、いくら埋めてしまおうとしても、気に入らないモノは消化してしまうようだ。

結局のところ、「うろ」とうまく付き合っていく他ないらしい。
そう思い、頭突っ込んでのぞいてみれば、
案外、含蓄のある文様である。
また、樹液の溜まりが昆虫達の餌となり、なんとなれば、小鳥や小動物の避難場所にもなっているようである。
「うろ」とは案外気持ちのよい、人好しな輩なのかもしれない。
どうせ、死ぬまでつきあっていくのは違いないことであろうし、ならば、うまくやっていければいいなと年頭に思う。

 

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ほとり・ポトリ

ほとり・ポトリ
近江舞子にあるカフェにて。

グリーン・ウッドワークというものを初めて見た。
http://waku-waku.org/hotori-potori/

私はまったくもって詳しくないのだけれど、ようは木工である。

でも、私の思うところの木工と違うのは材料が生木であるということだ、木を乾燥させていない。
生木を、削り馬という専用の作業台を使って削っていく。
どこかでこの様子、見たことあるぞと思い出したのが、家庭教師のCMでアニメ アルプスの少女ハイジのおじいさんが、がしごし木をげずっている姿、あれである。

上手い人が作った椅子を見せていただいた。高級家具店に置いてあっても、納得するような風格である。

なんか、とっても楽しそうだ。
来年1月から椅子を作るワークショップを始めるらしい。
習ってみたくはある、ただ、私は不器用なので、まずは、スプーン辺りからやってみたいな。

少し思うところ。
社会という分業システムの中で、私や多くの人たちはその中にて、主に「消費」という役割を担っている。
この消費するという立場は、わりと脆弱な存在であり、システムが滞ってしまうと真っ先に被害を受ける、あたふた戸惑う立場にある。
自立していないという役割を担っているとも言えるのだ。
どうも、この立場はあんまり格好良くない。

いまの話で言うなら、自分で椅子を作ることができたのなら、何処かで椅子を買うという行為をする必要がない、そして、作ることができるということは修理することもできるということだ。
つまりは、こと、椅子においては、単なる消費者、例えば、ニトリの顧客であるという立場から独立できた、システムの中から、いくらか、自立したとも言える。
ええ年こいた大人として、自立できていないというのは、ちと、恥ずかしくも思うので、こういうのもかなりありだと思う。
以前から関心のあった里山資本主義にも直結するものだと思う。

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朝、起きがけに夢を見た

朝、起きがけに夢を見た。中学生、修学旅行でのひとときである。
晩ご飯を食べようと全員がぞろぞろと、ホテルの大宴会場へと入っていく、数百人はいるだろうか。
私もそのうちの一人として入りかけたとき、入り口に数人の女の子達が固まっているのが見えた。
その一人がMさんである。
中学生時代、好きだった女の子である。
うわっ、Mさん、化粧濃いなぁと思ったのだが、あっと気づいた、よく見ると、その人はMさんではなく、クレオパトラだった。クレオパトラの目が妙に横長で、私の歩くのを追うように瞳が左から右へと移動していく。
Mさんも私のこと、好きなのかなと思いながら宴会場へと入った。
‭テーブルにつくと料理が並んでいた。ご飯とお味噌汁、だし巻きとお好み焼き風卵焼きが並んでおり、卵ばっかりだとがっかりする。

目を覚ましてから思う。
Mさんに、ね、何処に座るの、一緒に座ろう、と言えるような性格であれば、人生、随分、今と違ったものになっているだろうな、楽しい人生を送ることができたかもしれない。

なお、Mさんとは、数年前に再会した。
ものちゃんやん、久しぶりと声をかけられる。
あぁ、中学生の時、そんなあだ名だったと思い出した。

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