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Oct 06, 2017

それは幇間というものだと思う

民進党議員の恥も外聞もない薄っぺらい大義、保身のためなら主張も簡単に変更 桂春蝶が特別寄稿
https://news.infoseek.co.jp/article/04fujizak20171004007/
 
桂春蝶、えらく若くなったなぁと思ったら、私が思うところの人は先代らしい.学生時代や若かった頃に興味を思っていた人たちのいまは息子や娘が表舞台に立っている.
歳を喰ったなぁと思う.
 
さて、人や組織を批判するのは難しい。私はいまも集団的自衛権反対の人なので、自民党は嫌いだが、ここで、一つの組織や人を批判すると、逆の立場の人たちを擁護するように聞こえるかもしれない.野党の方がまっとうですよと言うつもりがなくても、そのように聞こえてしまう.
また、10代20代の若い人たちを批判すると、その年齢をとっくに過ぎてしまった私は、「私はちゃんとできていたのに」という言外の意味が隠れているかに思われるかもしれないけれど、多分、私も人のことを言えるほどの人生は生まれてからこのかた、過ごしたことはない.
 
つまり、批判するときは、その辺をよくよく考慮しておかないとまったく違う意味にうけとられてしまう。
 
ただ、あくまでもこの記事のみから察するに、彼の言葉はおもねる言葉だなと思う.幇間、太鼓持ち的な感じに受け取る、その意味では彼も、彼が批判するところの人たちとあまり変わらないなとか思ったりする.
 
例えば、先の「集団的自衛権」について、賛成と反対とどちらともいえない、この三つの選択肢がある.
ま、普通はそう考えても不思議ではないけれど、思想の科学「転向」を読んで思うのは、もう一つの選択肢があるということ、「体勢に従う」という選択肢だ.賛成が主流であれば賛成を叫び、いやいや、主流が反対ならば反対を叫ぶ、自身の考えはさほどなく、流れに合わせればいいのだ、と思っている人たちが政治家には存外多い、そう思う.
それは大正から昭和の政治家やジャーナリストに多く、それが近代の日本を迷走させ軍事国家へと変えていったように思う.
多分、こういった変遷を詳しく解説しているのは、先日、テレビでやっていた、アンナ・ハーレントの「全体主義の起源」だろうと思うので、今度、読んでみようと思う.


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