普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




私はがちがちの護憲派ですけど


憲法を変えようという人たちは、(私はがちがちの護憲派ですけど)、他国から攻めてこられたらどうするんだと言う。私は攻めてこられる分には、いまの自衛隊があるのだから、憲法をいま変える必要はないやんと思うし、もしも、それだけでは、足りない足りないというならば、それは保険とよく似ているなぁと思う。将来の不安を補おうとたくさんの保険に入って、保険料の多さに目をむいている様子だ。

他国が攻めてきたらというのはどうもプロパガンダっぽくていくらかの不信感がある。それよりも、「他国を攻めてしまったら」というロジックで考えていく方が私には馴染みやすい。
 少なくとも、70数年前、他国を攻めた。そして、中盤からぼろ負けをしたので、どうも戦争で苦しんだ、辛かったという印象ばかりが残り、戦争を仕掛けたという気分が人の中にあまり残ってはいない、そんな気がする。
 言い換えれば、戦争を始めたことに、あんまり反省していないなということで、それは、今度は勝つ方にへばり付いて戦争するぞという気分を隠し持っているということではないかなと私は疑っているし、多分、アジアの他の国の人たちも、日本はなぁと思っているのではと思う。

昨日のとある催しの後、その場を通り過ぎる憲法を護れのデモを見送りながら、そんなことを思った。

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大学のパソコン転売―福岡県警

~
仕入れて販売すれば、利益は「販売価格ー仕入れ価格」だ。仕入れ価格が0ならば、販売価格がそのまま利益になる。
 良いとされる大学に入学するには、より効率的な勉強が必要になる。一定の時間内にどれだけ入試問題に正答を書き込むことが出来るかということだ。

横領容疑で准教授逮捕=大学のパソコン転売―福岡県警

 時事通信 / 2018年5月2日 17時50分

https://news.infoseek.co.jp/article/180502jijiX870/

「効率的に、より効率的に、そして最大の利益を得る」を望むには仕入れ価格が0でないとならない。
それを思うとき、こういった事件は起こるべくして起こり、今後、増えていくのではと思ったりする。
 「悪いとされることは、しちゃだめ」
 、という共通認識が根底にある社会は、実のところ、生きていきやすい。ベンチに財布を忘れて慌てて戻ってきたとき、財布がそのままにある社会と、とっくに無くなっている社会とどちらが住みやすいかということだ。競争し勝ち抜くことを是とする社会はあまり住みやすくない。そして、住みよい社会に生きる方が幸福だ。
では、悪いことをしちゃだめという共通認識をどう育めば良いのか。どうも、そこのところが難しい。

私は、本来、家庭内での教育によって成立されるのが良いと思うのだけれど、私も含め大人ってのはなぁ。
といって、学校で一律にそういうのを学ぼうというのは、どうも、気色悪い、森友じゃないけど。

人間関係が薄れ、人は「個」になっていく。「個」になっていくというのは、単純に人間関係が無くなっていくというだけでなく、自分の「顔」を無くしていくということだ。
 顔を無くしてしまうというのは、責任を取らなくてもよいということだ。
 顔を無くしてしまった人たちの集合を大衆と呼ぶならば、どうすれば、「顔のある人」に戻ることが出来るか。
 哲学を学べ、というのが私の気分ではあるのだけれど。
ま、難しい。

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素敵な女性

いやっほー、最高だ。
 素敵な女性を自転車の後ろに乗せ走っている。
 春のやわらかな風、穏やかな日差し。私のお腹辺りに後ろに乗る女性の手がある、細くて白い。顔は見ていないけれど、すっごい美人だ、と私は思っているのだ。
 背中に彼女の息遣いを感じ、物部さん、素敵って彼女が言う。
 私はもう嬉しくって嬉しくって舞い上がって、いやっほーと叫んでいるのだ。
これが、今朝、見た夢。明け方の夢は正夢というけれど、正夢でありそうな要素は一つとしてありませんな。
 何処からか私は自転車で走ってきて、家へ帰ろうとしている。
うちの家の近くを流れる小畑川、その川沿いの一方通行、がしゃがしゃ走り、橋を越えて、もうすぐ家だというところで目が覚めた。
せめてなら、家に到着したところで目覚めたかったなぁ。
きっと、彼女も、どうして物部さん、お家に着くまでに目覚めておしまいになったの、私が嫌いなの、と何処かで嘆いているかもしれません。申し訳ないことをしてしまった。

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笑う人

~会話の端々で、あっはっはと声を上げて笑う人たちがいる。
 一つのセンテンスが済むたびに、脳内にて、句読点をあっはっはと変換しているのだろう。
 特に面白い話でもないのに、声を上げて笑う。
なぜか。
 単純である。反論、己の発言に対する意見を抑え込むためである。
会話に笑い声を追加する人は会話をしようとしているのではなく、命令をしているのだ、宣言をしているのだ、自分語りをしているのだ。
 耳につくあっはっはという音を聞きながらそんなことを考えていた。

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神谷美恵子


神谷美恵子、学生時代、なんとなく読んだのが、彼女の日記だった。読んでから、彼女がハンセン病の治療と関わったのを知った。それからして、いつだったか、自分は何故生きているのかと考えた。一番、私の気分に馴染む回答は、死ぬのが怖いからだった。だって、痛いかもしれないし、死ぬ一秒手前、死ぬのを後悔するかもしれないし、始めてのことをするのは不安だし。

多分、その頃、何かの答えが知りたくて、読んだのが「生きがいについて」だ。

https://www.nhk.or.jp/meic…/famousbook/76_ikigai/index.html…

 いまは「死ぬのが怖いから生きている」のではなく、もちろん、無理やり長生きするつもりはないが、熱心に生きていようと思う。「生きがいについて」は、その端緒を与えてくれた本であるので、こうやって、NHKの番組で紹介されるのは嬉しい。

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膝が痛いと


夜、テレビを見ながら、膝が痛いと家人が言う。
 膝をさすっているのを見る。
 膝を中心にぎゅっ、ぎゅっと上下にさすっている。
あちらこちら、体も壊れつつ、それでも、まぁ、私も家人も今日一日、生きていることができて良かったなぁと思う。

 蛇足だけれど、痛いところをさする場合、一方向で軽くなでるようにさする方がいい。
さするというより、ぱっぱっと払う感じという方が近いかもしれない。
 昔、頑張って太極拳を教わっていたころ、練習の後、頭の上からつま先まで手で埃を払うような感じで体を払う動作をする。
それだけで、体がすっきりした。

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TOKIO山口事件、中条きよし


TOKIO山口事件、中条きよし「2人もいたら、蹴飛ばして逃げられる」発言に批判殺到
https://www.j-cast.com/2018/04/27327322.html?p=all

実を言うと、この記事で一番に驚いたのは「俳優の中条きよしさん(72)が」の一文。
 必殺仕事人で三味線の弦を使い、連続殺人を、いやいや、悪を懲らしめていたわけですが、そうか、もう72歳になっていたのか。
自分自身の歳を考えれば、不思議ではないのかもだけれど。

さて、中条きよし的な発想は、男全般の心持ちの、ずっと奥の方には、大抵あると思う。

行かなきゃいいじゃん
行くからそんなことになったんだよ

私にはその発想はない、これは言い切る。
では、何故ないか。
それは私が立派な人物である、わけでは全くない。私は立派な人間ではない。そこらに転がっている、ただのおっさんである。

行かなきゃいいじゃん、という発想は上下関係をその元とする。
 上下社会の中で生きる男は、多分、女性もそうだろうけれど、上の意見を下の人間は自分の意見として受け入れる。社長でもないのに、「うちの会社は」なんて表現が戸惑いなく、会話に出てくるのが、その現れだと思う。
だから、この事件でも、女子高生の立場に立っての発想ではなく、山口達也の立場の発想で男は考えてしまう。
だから、行かなきゃ、来なきゃいいじゃん、そしたら、俺もキスを要求しなかったのにさ、ふふん。
どんなに、こういった行為はダメですよと言っても、男の腹の中の奥底には、来なきゃいいのにさ、いい迷惑だよ、という気分が残滓のように残っている。

私に、それがないと言いきるのは、私は子供の頃、かなりのいじめられっ子だったので、いじめられる側からの風景として、大きな声や拳を見るからだ。
 暴力は恐ろしいと思う。
 大きな力には、中条きよしの「蹴飛ばして」なんて無理である。体を強張らせて、衝撃を最小限度に抑えたい、もう、それが精一杯である。

多分、中条きよしは自分の発言をまっとうなものだと思っているだろうし、腹の奥底では、その通りだと思っている男も多いだろう。
 蒙昧魑魅魍魎を、言葉によって、陽の照る場所に引っ張り出して、分解・展開して行くことが大事だと、なんだか、中条きよし72歳に衝撃を受けつつ思った。

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はぁ、男の約束ですか

~
『男の約束』反故にした小西氏のナゾ 「防衛省に通報しない」明言も… 自衛官との暴言騒動

夕刊フジ / 2018年4月27日 17時1分

https://news.infoseek.co.jp/article/00fujisoc1804270009/

 暴言を自衛官が政治家に吐いたこの事件は闇に葬られるわけにはいかない。明るいところできっちり白黒つけておかないと、これから先、面倒なことになる。このことは70年以上前に学んだはずだ。
ということで、なんというか、男の約束、うーん、オトコのヤクソク、カタカナにするとなんだか、妖しげだ。
どうもね、私はこういう男のなんとかってのは疑ってかかる。
 子供の頃から、男の子はしっかりしなさい、女の子はやさしくなりなさい的な家庭教育、これは、本来、男というものはしっかりしておらず、女というものはやさしくなく、ただ、これでは男社会を継続していくことができないから、男の子の背中を押し、女の子が前に出すぎないよう制する、それが男らしく、女らしくという認識に変わり、男の約束というのも、男ってのは、しっかりしてないから、でもそれでは都合が悪いので、「男には男の約束ってのがあってな、これは男としてどうにも守らなきゃならんもんなんだぞ」、という伏流のようなメッセージを植え付けてるのではないの、と思ったりする。
 男の約束、どうも空々しい気がするのだ。
まだ、「大人としての約束」と言ってくれる方が受け入れやすい。

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法律と掟とはまったく違う

~
法律と掟とはまったく違う。
法律はまずは弱者のために、掟は強者のためにある。
だから、法律が強者のためのものになったとしたら、それは民主主義の崩壊でもある。

と、いうようなことを記事を読んで思う。

 セクハラ問題 日本社会の現実は「告発した女性が悪い」
https://news.infoseek.co.jp/article/postseven_669933/?p=2

強者の期待するところの予定調和から外れたことを行うのは難しいし、それでも踏み出せば、被害者が悪い、強者様にご負担をお掛けしたと、強者の論理を受け入れる弱者が寄ってたかって被害者を罵る、つまりは罵るという行為によって、強者様に阿るわけだ。
アドラー心理学では人間の関係において、上下関係を許さない。あくまでも横の関係を本来とする。
それは、その方が幸福な人間関係を築きやすいからだ。
 上下関係の主たる関係の社会では上のおっしゃるとおりと下の人間は受け入れる。
 上の立場の人間はバカ殿みたいで楽しいだろうが、下のものは大変だ。で、当然ながら、いまの格差社会と同じく、下のものがほとんどで、つまりは多くの人たちが幸福でいられないというならば、それは幸福な社会ではないということだ。
 社会を構成するべき多くの人たちが幸せでなければ、それは幸せな社会ではない。

考えてみれば、女性の選挙権、これ自体、戦後からだ。
まだ、70年ほどの歴史しかない、
それは、私たちが民主主義初心者であるということでもある。

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木製スプーン作りの講習会


本日は啄木舎工房にて、木製スプーン作りの講習会。
 綺麗なスプーンの形をしたのが先生の見本。1時間ほどかけて、まだ、完成は遥か先だけれど、削っている間がとても楽しい。
いずれはこの木製スプーンでご飯を食べていかなきゃならない、あ、いや、それは、スプーン職人になって生計を立てるという意味ではなく、先日読んだ本。
 「アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと」稲垣えみ子著 朝日新聞出版に触発されたからであったりする。
 身の回り、家の中、モノが溢れすぎているんじゃないか、本当に必要なモノだけで暮らしていくほうが幸せではないか、著者は冷蔵庫も捨て、洗濯機も捨てた。

 私はまだそこまではとても至ってはいないけれど、著者の姿勢を興味深く思う。私も出来るところからやっていくかなと、自分の使う食器について考える。
 先日、ニトリで仕切りのついたお皿を買ってきた。これと味噌汁用にお椀が一つ、お箸とスプーンがあれば、事足りるのではないか。
 食べた後、すぐに水で洗い、まとめて木綿の袋とかに入れておけばいいんじゃないか。
こういうの、すべて自作で作ってみたいけれど、さすがに、お皿やお椀を作るのは手強いので、スプーンを作ろう、そのスプーンがこの未完成のスプーンだったりする。
もっとも、先生の見本をいただいてそれで満足するというのもありかなと志の低いことも、ちょっと、思っていたりはするけれど。

なんだか、格差社会のこの時代、私のような貧乏ったれが頑張って消費し、経済を回そうなどと考えてもしかたがなく、富裕層の方達が必要以上に消費されればいいんじゃね、とか思ったり。
もっとも、NHKの「欲望の経済史」では、いわゆる富裕層の男性が出演し、お金はあるけれど、必要以上のモノは買わない。例えば、寝るとき、枕は一つで充分、三つも四つもいらないんだというようなことを語っていた。この文章を書くために見返していないから、正確ではないけれど。

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おっさんというイキモノは

朝の情報番組で具体的な会話を知ったのだけれど、よくもまぁ、こんな恥ずかしい言葉をええ年したおっさんが口に出せるなぁと驚く。

 

 

 

 

 

 

 

セクハラ被害を公表したテレビ朝日と女性記者を批判する他メディアの無責任! 被害者は複数いるのに社内調査もせず- 記事詳細|Infoseekニュース

昨日になってようやく財務省の福田淳一事務次官が辞…

 

news.infoseek.co.jp

 

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イラクでの日誌

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いやいや、それは無理筋というものにございます


いやいや、それは無理筋というものにございます。

ということで、転売、800円が5万円とは。
 記事では金額がついたとありましたが、実際に5万円支払われたのでしょうか。
さてさて、それはともかくでございます。
お店の方達や関係者の皆様は転売をやめてくれと叫んでいらっしゃる様子。

記事を読んで、転売止めよなどとは無理な話でござんす。
 儲かるから止められない、いえいえ、そうではありません。
 経済をよく理解している方々に真っ当なことを申しましても通じません。
できるだけ小さな費用で大きな利益を得る、何処でもやっていることでございますし、単体としては、この経済社会で当たり前のこと。
ましてや、今の人たちは受験戦争などという、競争を通り抜けてきた人たちです。
 限られた時間の中で、如何に効率よく記憶し、一歩先んじるかを争ってきた、効率重視の方達、800円が5万円。
 手を出さない理由がない。

今年は明治の始まりから150年目とか。
 富国強兵を合言葉に争ってきた私たちは、少なくとも150年以上の時間をかけないと、行き過ぎた競争が自分自身の首を締めながら走り続けていることに気づかないかもしれません。

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まいづるご近所大学

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筍の産地でもある、この辺りでは、私の親戚もそうだけれど、朝早くから筍ほりに出かける。

テレビを見て驚いた。
 筍とは掘り出すものとばかり思っていたのだけれど、1.5Mくらいの高さに育った筍の上部 穂先だけを刈り取り、「昔たけのこ」として販売している。
http://www.mukasi.com/bamboo

 竹の種類にハチクがあり、これは普通に成長したものを刈り取って食べるのだけれど、孟宗竹でもありなのかと驚く。

新聞に「まいづるご近所大学」の話題があった。
 絵画をはじめ、地元の人が得意を生かして教える大学だ。
https://www.isazakaikan.com

私は舞鶴にある職業訓練短大の自動車科で学んでいた、ご近所大学のある場所も私が住んでいたすぐ近くのようだ。
 数年前、久しぶりに舞鶴に行く用事があり、随分と寂れたように感じたのだけれど、面白い取り組みが始まっているのだなぁと思うとちょっと嬉しい。

京都職業能力開発短期大学校
http://www3.jeed.or.jp/kyoto/college/ability/course.html

私が卒業して2年後くらいに自動車科が無くなってしまった。アーク溶接やガス溶接から、流体力学や制御工学など、自動車とはほぼ関係のない分野まできっちり教えてくれる学校で、当然ながら授業時間も多く大変だったけれど、今思えば楽しかったなと思う。

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徴兵制を復活させて、国を護ろうという発想は

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http://txbiz.tv-tokyo.co.jp/zipangu/vod/post_152723/

途中からしか見ていないけれど、興味深かった。
 徴兵制を復活させて、国を護ろうという発想は、もっともぽくあるけれど、それは軍人の発想でしかない。
 私は軍人でないので、軍人の発想は出来ない。

 私は鶴見俊輔の本を少しばかり読んでいるので、彼の言う「国は悪い、国は悪いことをするものだ」という発想から考えを進めたい。
 戦争にはたくさんの人が必要だ。
たくさんの名もなき人たち、国同士が憎みあっても、それぞれの国の人たちが理解し合えれば、戦争を遠のかせることができると言いたい。
 国は悪い、だから私たち個人の小さな人間達で理解し合っていこう、その方策を見つけ、育てることを目指す方が、戦争するよりずっといい。
 中国では王様が誕生して、言いたいことを言おうとすれば命がけだ。日本は安倍首相は嘘つきだなと言っても逮捕はされない。
この逮捕されない内に、しっかりこの糸口を見つけていかなければ手遅れになってしまう。
 番組を見ながらそんなことを思っていた。

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ふれあいホーム 「どうぞ」

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取引の業者さん、車の内張りだとかの修理交換のお店、用事があり行ってきたのですが、ふと、そのお店の裏側のお店の店名「はい、どうぞ」。変わった名前だな、何屋さんかなと少しばかり覗き込む。店は既に営業時間を終わっていましたが、入り口にチラシ、子供食堂とあります。

http://www.eonet.ne.jp/~douzo/
ふれあいホーム 「どうぞ」というNPO法人らしい。

 子供食堂の他、歌声広場やほっこりサロン、あぁ、こういうの面白いなと思いました。
 人は居場所が多い方がいい、居てもいい場所、そこに行けば誰か居て、お喋りも出来る、そんな場所があればいい。

子供食堂は子供100円、大人300円。年齢に関わらず来てくださいとのこと、ま、もっとも、こんなおっさんがやって来ては警戒されるでしょうから行きませんけど。

去年辺りから、近くのお墓に寝起きしていたおばあさんがおりまして、少しばかり噂になっておりました。
 人の話を聞くと、娘と暮らしていたのだけれど、折り合いが悪いらしい。いくつかのお墓を転々とし、警察や近所の人たちがやって来ると、逃げだし他のお墓に移るとのこと。

お墓に布団を敷いて寝ているらしい。冬は寒かっただろうなと思いますし、雨はどうしているのでしょうね。

結局、「居てもいい場所」が無くなってしまうと、こういう状況になるのでしょうか。
 家庭というのは、いざ、壊れてしまうと、修復はかなり難しい。
 鶴見俊輔著 「家の中の広場」
この文章を書くために読み返してはいないので、曖昧な記憶ですが、日本の家屋は襖で仕切られている、鍵の掛かるドアがない、それは、見方を変えれば、家族がいきなり襖を開け、包丁を寝ている自分に突き立ててもしょうがないと思える関係、もしくはそんな可能性は皆無であると思うことのできる信頼感が家族には必要、多分、そういう感じのことが書かれていたような気がします。
つまりは、その信頼が少しで揺らいでしまった時、日本の家族は成り立たなくなってしまいかねない。

先日のニュースでもあった、70代の父親が40代の息子をプレハブ小屋の中に設えた牢屋に閉じ込めていたという事件。
 二人は確かに家族であったはずなのに、檻という部屋に鍵を付けるという行為に至った。

多分、家族という繋がりは、思っているより、かなり脆いもので、脆いものであるということを前提に関係を大切に繋いでいく方が生きていきやすい。
 「家族だから」何をしても構わない、許してもらえる、そういった意識は止めて、繊細に関係を継続していくようにしなきゃならないのでしょうね。

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数年来、野帳を使っておりますが

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仕事柄、立ったままメモを取ることも多く、数年来、野帳を使っておりますが、いままで、なんの疑問もなく縦向きに使っておりました。
 先日、たまたま、横向きに使ったらなんと書きよい。
 縦向きに使うと、左のページを左の親指で押さえます、右側のページに書き込もうとすると、紙が少し湾曲するのですよ。そのために、少しばかり書きづらい。
それが横向きにすれば、書きたいページの左端を親指で押さえますから、なんとも、締まりがよい。

 http://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/fieldnote/

当然のごとくにしている所作でも、気づけばもっと良い方法もあるのだなと納得した次第です。

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日本人はなんて悪い奴なんだ、と5歳の時に思ったと

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鶴見俊輔は、日本人はなんて悪い奴なんだ、と5歳の時に思ったと、何処かに書いていた。

ベトナム人実習生 有休希望で強制帰国 千葉受け入れ団体
https://mainichi.jp/articles/20180408/k00/00m/040/084000c

 記事を読んでそれを思い出す。
 花岡事件をはじめ、日本人は同調圧力が強すぎるのか、それとも、アドラー心理学で言うところの、優越性コンプレックスか、自分より下であると他者を認識すると、温和な人でも攻撃的な姿勢を現すことが多い気がする。

私はその日本人の国民単位での性向を、徳川時代のおよそ300年に形成されたと思っているので、こういうのって、だめだよねと気づいてからも、300年かけていかないと、変わらないかもしれないと思ったりもする。

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