普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




2017.07.16 旧奈良監獄(奈良少年刑務所)見学会

旧奈良監獄(奈良少年刑務所)見学会を開催します!
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1496047986287/index.html

友人と見学して来ました.
一般見学は13時で、私は12時すぎに着いたのですが、既に長蛇の人人。

係の方が、ここは罰を与える場所ではなく、社会に戻るため更生する場所だとおっしゃっていました。
重い錠がドアにはありますが、不思議と開放的な感じもしました.
私は2年間、いえいえ、職業訓練所におりましたが、ちょっと、雰囲気が似ていました.

 

 


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木漏れ日の教会 Mouri Amiko solo exhibition

= 木漏れ日の教会
[2017-07-15 16:55]

木漏れ日の教会、見上げるような大作です.
うーん、背伸びして覗いてみたり、しゃがんで見上げてみる、はて。
頭突っ込んでみて、ふむ。

この作品がなぜ教会なのか.
信仰心皆無の私ですから、教会といっても、よくわかりません。結婚式や賛美歌、黒人女性のゴスペル、ま、これは映画の影響ですけど、そういったものが浮かんでくる、でも。
ふと、気づいたのが、開かれたドア、それを見たとき、ふっと思い出したのが梨木香歩著 「春になったら莓を摘みに」というエッセイ。梨木香歩が学生時代過ごしたアパートの婦人、ウエスト夫人.彼女は、たとえ理解できなくともその人を受け入れるという姿勢の人であったとのこと。

そうか、この開かれたドアは「受け入れる」ということなのか。
そう気づいたとき、これは正しく教会であると理解しました.
人はどうしようもなく生きていく、この生きていくという一点において、人は旅人である.この教会は、生きていく中での中継所であり、休憩所であり、「これから」へと向かう旅立ちの先端であるのだ、受け入れ、そして、送り出す場所、それこそが作者の思う教会ではないのかと思いました.
他の作品、一群の「花のある景色」、この青を主体とした小さな花々は虚空に浮かぶ星であり、それらが、教会と同じ次元に存在した瞬間、これは宇宙であり、「木漏れ日の教会」は宇宙ステーションである、と感じ入った次第です.
陶器で作られた宇宙ステーションは、もやもやとしていて、固くて柔らかく、鋭角的でとても丸くて、なんとも面白いものでした.時間があれば、おう一度観にいきたい.

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2017.07.07 文章の素材

2017.07.12

今までどおりに他者に自身の人生を委ねたいと思っているのではないか。

2017.07.07

国は私たちの頭の上にあるのではなく、私たちの足の下にある。
つまりは依って立つための土台であるし、また、土台でしかない。

 

戸籍謄本

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2017.07.17 古賀茂明「安倍政権の戦略ミスで電気自動車は世界最後尾の日本 トヨタ社長の涙の意味」

https://dot.asahi.com/dot/2017070900023.html?page=1
古賀茂明「安倍政権の戦略ミスで電気自動車は世界最後尾の日本 トヨタ社長の涙の意味」

つまりはもっと電気自動車に力を入れておけば良かった、失敗したなぁという話ですが、貿易で農産品の輸入で関税なくします、だから、車の関税を減らしてくださいねという、TPPについても、他の貿易協定にしても、基本の日本の姿勢がこれであるのですが、他国からは、ガソリンエンジン車は要りませんと断られるでしょうし、電気自動車は開発最後尾ということでは、目も当てられないなぁと思っております.

今後、二極化がより進み、私のような貧乏人が増えていくのでしょうけれど、そんな中で、いまの乗用車の代わりとなる、お高い電気自動車を買うことのできる層は減るでしょうし、余計に自動車の輸出が重要になる。ところが、性能が低ければどこも買ってはくれないでしょうから、参ったなぁということで。

ついでに書きますと、使用済バッテリの問題は大きく、電気自動車がエコであるとは、言いきれない、と思っています.

これからは、自転車と大八車ですな。

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2017.07.08 素人が教養を杖に専門家と対峙していかねばならないということ

素人が教養を杖に専門家と対峙していかねばならないということ。

以前、テレビで

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2017.07.04 グローバリズムの行き先のこと 習近平の習近平による習近平のための「香港返還20周年」

グローバリズムの行き先へと、一番手に突き進んだ姿が、この香港でのことかなと思います.
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52198?


グローバリズムは国境を溶かしていく作業でもあります. 現在の、日本をはじめ多くの国の右傾化は、このグローバリズムと深く関わっているように思います.
国とは、既得権益受益者を内在しておりますが、国境が溶け出すことで、国その物があいまいになってくる。それは、既得権益を得ることを困難にします。
グローバリズムによって、利益を得ている時代は良いのでしょうけれど、それはいつまでも続くわけではありません。その利益が上がる時代を終え、次の時代に入ったのが、まさに今の時代です.次の段階では得られる利益が薄くなるに合わせて、その分を補うために範囲を拡大させようとします。ただ、全体は限られていますから、パイの奪い合いになります。

つまり、自分はパイが欲しいけれど、自分のパイをほかに譲ってやりたくはない、この発想こそが右傾化を産み出しています。

 

 

つづく

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2017.07.06 纏糸掌について 健康法のこと

肋骨を折りまして、このまま、じっとしていてはならんなとリハビリを始めました.

さて、そのリハビリ用に練習しているのが、纏糸掌なのですが、この練習法について少し解説をしてみます。

軽いものを速く動かすのは、重いものを動かすより簡単です。

軽いものをはじき返すことは簡単ですが、重いものをはじき返すのは難しいです。太極拳も武術ですから、効果的な突きを打ち出せるよう練習します。その練習法の一つが纏糸掌です。

これは、体の部分を切り離し、また、繋げるという動作を学びます。

つづく

 

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2017.07.05 大抵、複数の本を掛け持ちで読んでいます.

大抵、複数の本を掛け持ちで読んでいます.
いま、読んでるのは、
「今日の芸術」岡本太郎著と「空気の研究」山本七平著です。両方共、まだ、途中ですが、似たものを対象に書いているように思えます.
山本七平は「場の空気」「雰囲気の支配」について説いておりますし、岡本太郎は、今までのものを打破し新たに想像せよと書きます.
これは以前に読んだ三木清の「人生論ノート」における「妬みについて」とも共通するかと思います.

一冊、最初から最後まで読み終えてから、次の本に移るのが本来ですが、同時に複数の本を読むと、お互いに補完し合うこともあり、なかなか、面白いものです.

今日は今年最初の桔梗が咲きました.
いまはユウスゲが満開、もうしばらくすると、ヒオウギが随分と咲くようになるでしょうし、その後は、初めて、タムラソウが花を咲かせる予定です.
花が咲くのは楽しい。

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2016.07.22 問いつづけて-教育とは何だろうか

2016.07.22 問いつづけて-教育とは何だろうか

友人のfacebookの記事を読んで思い出した。

何十年も前、小学校からの、数少ない、とある友人と、多分、30才くらいの時に話したことを思い出したのだ。

自分は学校の先生になりたかったんだとお互い、少し照れ笑いをしながら話した。教師になりたい、学生時代、そう思っていた。もちろん、私は親の仕事を継がねばならなかったので、はなから無理であったのだけれど。

なぜ、そんな話を彼女としたのかというと(友人は女性である、ただし、彼女と言っても恋愛云々の彼女ではなかった、とても残念)、彼女との話の中で、林竹二の本を読んで、教師になるのをあきらめたという、不甲斐ない共通点があったからだった。

教育学者 林竹二 彼は、奥さんと二人で小学校をまわり、授業をした、 「人間について」という授業。ソクラテスをはじめ、哲学者を題材に彼は授業をした、それは授業巡礼と呼ばれている。

問いつづけて-教育とは何だろうか http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000019645982&Action_id=121&Sza_id=F2

既に絶版だけれど、表紙の女の子の笑顔は、林竹二の哲学の授業、大人でも難しいという内容を、理解した瞬間を捉えた表情だ。 20代、そこそこ、純真さをいくらか残していた私と友人は、がつんと衝撃を受けたわけだ。 ただ、哀しいかな、林竹二の授業への情熱に臆してしまい、普段の言葉で言うなら、「びびってしまい」、違う道を選んだということ。

夜はつい饒舌になってしまい、つまらないことを書きすぎてしまった。

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2017.06.16 そもそも、日本という国は戦争ができない国だと考えます

そもそも、日本とは、戦争の出来ない国だと考えます.
そう考える二つの理由を試しにあげてみます.

1。地形学的観点より

2。日本人の基本的な気質より

3.原発列島日本ですから

つづく

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2017.06.16 小沢一郎氏 安倍一強が続けば戦前の大政翼賛会政治と同じ を読んで

小沢一郎氏 安倍一強が続けば戦前の大政翼賛会政治と同じ
https://www.news-postseven.com/archives/20170616_563126.html

政府は平気で嘘をつく.
人は嘘をつく、これはそれほど不思議なことではないと思います.もちろん、つかずに済めばとは思いますけど.
政府というのは、人の集団である以上、嘘をつくのは不思議ではありません。特に同じ考えたや立場の人たちが集まっているのですから、余計に外へ対して嘘をつきやすくなる.
これが、野党がしっかりていると、そんなの嘘ではないかとしっかりとした反論をされてしまうので、嘘をつくのは得ではないなと、嘘をひかえるのですが、今の状況では嘘のつき放題である、といっても過言ではないかもしれません。

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2017.06.08 映画 VILLAGE ON THE VILLAGE

映画 VILLAGE ON THE VILLAGE
6月8日 立誠シネマにて観る.

刺激的な映画だったと思う、なんと書けばいいのか.それは、確実だと思っている現実、あるいは、日常が、実のところ、案外、不安定で曖昧だということを思い知らされるということかと思う.

さて、この映画はお薦めなのだけれど、映画の感想を書くのは難しい.私自身が、映画や小説の感想をネットに上げる人たちが嫌いだからだ、だって、予備知識いらないもの。

そんな中で、最大限、私に書くことができるのは、特に民俗学好きの私に云えるのは、世界というものは、幾重にも重なっており、この世界からあちらの世界に簡単に移動してしまう、この不思議な面白さが心地よいということかと思う.

立誠シネマ、元は小学校である.

よい雰囲気だ.



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2017.05.12 敗北力 Later Works を読む

心棒、というものがある。

自分を貫く一本の棒、もしくは線である.この線は、できるだけ細い方が良い、でも、それは強靭でしなやかである必要がある.
何かの判断が必要となるとき、それは線の右を通るのか、左を通るのか、ぴたっと合うのか、それがまずは判断するための前提となる.

ただ、この線、あるいは棒は欠けていたり、ささくれていたりするのだ。なんとか、まっすぐで鋭いものにしたいのだけれど、自身の怠慢や能力の足りなさで、なんともいえずみすぼらしい.

http://www.groupsure.net/post_item.php?type=books&page=20161002Haiboku

『敗北力 Later Works』 鶴見俊輔著 

http://www.groupsure.net/post_item.php?type=books&page=20161002Haiboku  を、読んだ.

私はアマゾンの書評を読まない.せっかく、これから本を読もうとしているのに、実はこういう本で、なんて解説されたら怒りでいっぱいになる.自身で発見する、再発見するという楽しみをうばわれるに等しいと思うからだ.

だから、この本についての具体的なことは書かない. 私は鶴見俊輔の本を読むのが好きだ.敗北力、そうかと唸る再発見にわくわくする。

私の中にあるはずの、いや、多分、あったと思うところの心棒を、この本はしっかりと強くしなやかにしてくれると思う.
だから、私はこの本を読んで、とても愉快な気分になる。
元気になる.
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2017.05.30 「粘土のお面」豊田正子著 木鶏社刊

「粘土のお面」豊田正子著 木鶏社刊 を受け取ってきた.
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E7%94%B0%E6%AD%A3%E5%AD%90

綴り方運動から現れた作家、豊田正子。

多分、綴り方運動については、批判もあるだろう。でも、小学生の子供たちが、自分や親の生活を正確に書き綴るというのは、自身の思ったこと、感じたことを、しっかりと自分自身が分析するということだと思う.

もちろん、それを酷だという捉え方もあるのだけれど、私は、子どもが、感情で右往左往し、道筋を掴めなくなる大人に育つことを、人生がもったいないと考えるので、子どもの頃から、自分の中にあるものを、同時に他者として、見据える訓練をすることが有意だと思っていたりする。
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20170518 岩波新書 現代日本の思想 その5つの渦 久野収 鶴見俊輔著

岩波新書 現代日本の思想 その5つの渦 久野収 鶴見俊輔著 を買う.

大正の後半、それとも昭和の始め辺りの社会を読むことで、今、そして、これからを読むことができるのではないかと買ってみた.

「日本共産党」と「綴り方運動」まで読んだ、ほぼ、三分の一、まだ、途中だけれど思うのは、昭和の始め辺りの気分と現代の世相、私的には「気分」と表現したいのだけれど、よく似ている。もちろん、違う要素もたくさんあるから、そのまま、同じように推移していくわけではないだろうけれど、同じ失敗をするのは愚であるなとは思う.というか、同じように推移させたいという勢力がもしも存在するなら、ま、持って回った言い方だけど、今度は成功させようと思っているかもしれないとか。


https://www.iwanami.co.jp/book/b267138.html

アドラー心理学は結果でなく、目的論を採用する.これは、もちろん、その対象を個人としているけれど、個人の集合体である組織をアドラー心理学にて判断しようとしたとき、いままで見えなかったモノが見えてくるかもしれないとかは思う.
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2017.05.19 あやめをいただいた

青色のあやめをいただいた.数を増やして楽しみたい.
{{:2017kara:img_5676.jpg?600|}}
なぜ生きているのか、と問われれば、非常に困る.あえて言うならば、自殺、包丁で自分の腹を刺したら痛いだろう、とっても、痛いだろうし、それはやだなと思う.何処からか飛び降りるかというと、落ちていく途中でやめておけば良かったかなと後悔に苛まされてしまうかもと思うと怖じけてしまう.毒を飲むと苦しくて、血を吐いてするのだろうか、そういうのやだな。

つまりは大きすぎる選択に怯えているわけだ。
だから、「死なない」という選択を選び続けている結果、生きているのだ、と思う.

なんか、未来に、うわっ楽しいなぁとか、わくわくする気分があるのではと思うことができるなら、それを生きる理由にしたくはある、でも、なんだか、そういうのを思い浮かべることができずにいる.
{{tag>植物の写真}}
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2017.05.13 おすそ分け

お隣りの竹林からのおすそ分け. 破竹の筍.

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筍というと、普通は孟宗竹の筍をさすのだけれど、私はこの破竹の筍の方が好き.

とくにえんどう豆と一緒に炊いたのが美味しい.
もう一つの花の写真、名前は知らない.

{{:2017kara:img_5665.jpg?600|}}
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2017.05.11 アドラー心理学が劇薬と言われる所以について 1/3

アドラー心理学が劇薬と言われる所以について 1/3
ということで、この頃、入り込んでいるアドラー心理学について知ったかぶりをしようと思う.
ただ、私がアドラー心理学を知ったのは昨秋のNHK 100分で読む名著 人生の生きる意味の心理学 アルフレッド・アドラー を見てからであるので、半年も経っていないということは、始めに書いておく必要があると思う.

さて、当の番組でもアドラー心理学は劇薬である、とされた。実際、私自身もその本を読んで、がつんと幾度も頭を殴られた、そんな気分である.
アドラー心理学の要点の一つに「原因論ではなく、目的論を採用しよう」とある。
これは、あなたがもしも苦しい、辛い状態にあるとするなら、それは過去の過ちやトラウマにその原因を求めるのではなく、未来の目的のため、あなたはその苦しい、辛い状態を選んでいるのだ、だから、もし、現状を変えたい、良くしたいと思うのならば、決心している目的を取りやめ、新たな目的を見つけよう、自分が良くなるような目的を見出そう.過去は変えられないけれど、未来はあなたが変えるのだよ、変えることができるのだよ。だから、あなたは幸せになることを選ぶことができるんだ。

ここまでなら、劇薬というより、砂糖や飴玉、心地よい話である.経験はないけれど、自己啓発セミナーなんかは、こんなことをホワイトボードを前にして語っているのではないかなとか思ったりする.

この「原因論ではなく、目的論で」、なんだか、とっても前向きで気分の良い文言であるけれど、アドラー心理学では無意識ということについて、非常に厳しい、それによって、この、目的論という考え方も非常に厳しいものになる.

「無意識で、つい」、「ちょっと、ぼぉっとして、うっかり」、「ついつい、知らない間に」、言い訳の接頭語がわりに、こういった文言を使ったことがないという人は少ないだろう.つまりは、わざとじゃないんだら、許してくれよ、と言っているのだけれど、アドラー心理学はそれを許さない.
アドラー心理学をアドラー自身は個人心理学と呼んでいたらしい。
この個人とは分割できない基本単位という意味合いである.
つまり、無意識もあなたという個人のうちにあり、意識的にすることと同じく、その責任はあなたに帰属するという考え方だ.
単純に言えば、無意識でやったということも、あなたの責任だよ、ということである。

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20170527 福島県いわき市の医療崩壊とのこと

福島県いわき市の医療崩壊とのこと
http://japan-indepth.jp/?p=34503

地方の医療崩壊が叫ばれて久しいけれど、なるほど、成功者への妬みが理由で医療崩壊が増えていくというのもあるのかと、納得する.
基本、男の方が妬みに囚われやすいと思う.

患者にとっては迷惑この上ないことだ.

http://japan-indepth.jp/?p=34503
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白苺

White strawberries. It has been growing strawberry seedlings for a long time, it has become a good feeling. When the seeds are getting dark, it is about time to eat.

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