普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




タテカンギャラリー

https://bijutsutecho.com/news/15347/
お昼過ぎ、芸大へ身に行って来た。
これは面白い。
改めてどこかで書こう。

奥の端材を組み合わせたタテカンが気に入りました。写真には写ってませんけど

 
 
 
 
 
 
 
 

https://bijutsutecho.com/news/15347/
お昼過ぎ、芸大へ身に行って来た。
これは面白い。
改めてどこかで書こう。

奥の端材を組み合わせたタテカンが気に入りました。写真には写ってませんけど

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教育

英語や道徳をどう教えるか──教育現場から悲鳴聞こえる
NEWSポストセブン / 2018年5月22日 7時0分
 
https://news.infoseek.co.jp/article/postseven_677099/
 
あとで書く予定
 
寺子屋方式が成り立ちにくい環境とあわせて
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太極拳の

なんだか、複雑な気分である。
と、いうことで、私は20代から、とある太極拳を習っていたのだけれど、父が亡くなってからは、年に2度の一泊二日の合宿を日帰りで参加するだけという形になっていた。
ただ、現在、その太極拳の会のサイト運営を私がやっているのだけれど、つい、さきほど、独自ドメインを外した。ページが大量に残っているので、ぼちぼち消していく予定。CMSを使うと数千のファイルをアップロードするのだけれど、一度に消すのが難しい、エラー表示が出てしまう。

あぁあ・・・、と、ちょっと、ため息をつく。
会が無くなってしまったんじゃしょうがない。

なお、その会では杖術という武術も教えていたのだけれど、先生から、君が杖術を教えてもいいよと承諾を得たので、それは私が上手であるということではなく、十数年一人で練習していたので、私の癖がかなり加わってしまい、原型を止めていないからだと思う、人を集めて教えてみるのもいいかと思ったりもする。
ただ、私の癖のついた動きは、足首や膝、かなり負担をかけるので、練習で体を痛めたりされると困る。それを考えると、一人、先輩が相手をしてやろうと言ってくれているので、細々と二人で練習するのもありかもなんて思う

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戦争の大問題

丹羽宇一郎著 「戦争の大問題」どこかに書いてあったと思うのだけれど、政治の中に戦争経験者がいる間は大丈夫だ、だが、戦争経験者が政治の場にいなくなったとき、また、戦争をする危険がある的なことが書いてあった。
この文章を書くために読みかえしていないので正確ではないけれど。
自衛隊員が政治家に暴言を吐いた事件についてはかなり感心がある。
自衛隊内でどんな教育がなされているのか。
年代的にも、自衛隊現役で太平洋戦争を経験した人たちはいないだろう、ブレーキの無い状態になっているのではないかと危惧もする。
私はがきんちょの頃から麗美のファンであったりする、ちょっと鼻濁音のところがなんだかいい。
走るそよ風たちへ 麗美
https://www.youtube.com/watch?v=Hrv-xAdeD_g

多分、30年近く前の曲。自衛隊員を養成する学校、私は詳しくは知らないけれど、当時、その学祭で麗美がこの曲を歌ったとか。ま、この辺はネットの情報なので当てにならないけれど。
ただ、この曲は自衛隊員に向けても作られた歌で、「活躍する日は来なくていい」と歌っている、当時は戦争体験者もいただろうから、共通認識として自衛隊内にもあったのではと推測する。いまもそうならいいなぁと思う。

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自費出版のご案内です。

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物部俊之名義の本

真面目に書いています

 

  1. ゆうさん 販売中です(リンクをクリックすると販売ページに移動します)
  2. 黒い傘

 

 

朽身揺歯名義の本

 

適当に書いています


誤字脱字の修正はしていません。一切、推敲もしていません。途中で登場人物の名前が変わったりもしますが、あぁ、この人は、さっきのあの人であろうと推測してください。また、途中で書くのが面倒になり突然終わっていたりします。

 

  1. 遥の花
  2. 遥の花 流堰迷子は天へと落ちていく
  3. 遥の花 雨夜閑話
  4. 遥の花 月の竹 眠るモノ
  5. 遥の花 撃
  6. 遥の花 漣
  7. 遥の花 月の糸
  8. 遥の花 藍の天蓋
  9. 遥の花 あさまだきの靄

 

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今晩は雨。
少し窓を開けて、雨音を聴いているとゆっくりと気持ちが水底に沈んでいく。
あまりに沈んでいくと、水面まで戻れなくなってしまうので、中ほど辺りをゆらゆらする。
水たまりに雨粒の落ちる音、遠くからは蛙の声。

いろんな曲に雨音を題したもの、歌詞にあるもの、多々ある、そして、少しばかりに不規則な雨音の連なりが、こうやって聴いていると、あぁ、これはまさしく音楽だと納得するのだ。
小泉文夫の民族音楽に感化され、熱心に聴いていた頃を思い出す、半音と半音の隙間、1/4音も当たり前の、多くの民族音楽はこの自然の音を模するところから始まったのだろうなぁ、と雨音を聴きながら思う

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補助金交付

匿名性と合わせて書いてみたい、あとで。
続き
 
私は明治大正昭和の歴史を考えたとき、朝鮮学校こそ、最初に補助金交付が必要だと思っています。こういうことを書くと批判されるかも知れませんけど、何故、ここにこの人たちが居るのかを考えれば私の考えはそれほど不合理ではない、そう思っています。
 
さて、この事件は現代のいろんな興味深いものを内在しているように思います。
先程、仕事から戻ってきてへたばっておりますので一つだけ。
 
懲戒請求をした人たちの多くが、送ったことを悔いているようですね。
この点について、匿名性から論を始める人が多いと思いますので、私がちょっとだけ、ずれた視点から書いてみます。
 
「結果良ければすべて良し」
この言葉のもともとは、いろんな辛いこと、不満なこと、あれこれあったけれど、完成したのだから、最終的には上手くいったのだから、良しとしようよ、ということで、ある意味、慰めの言葉であると思っています。
ただ、この言葉、現在ではどうでしょうか、そのように受け取られているでしょうか。
 
私たちは小学校から中学、その後、受験し合格すれば、高校、大学と、また、公の教育を受けてきたわけですが、その過程の中で、「結果」を重視するという学習をしてきたのではないでしょうか。試験の結果で人生も変わってしまう、そんな一喜一憂を経験していく中で「結果」が大事であるのだという考え方を身につけてきたのではないか。つまり、「経過」をかるんじてきたのではないか、ということです。
大学の入学試験でも、合格すれば良し、受からなければ、どんなに努力をしても意味が無い、そんな考えかたになってはいないでしょうか。
つまり、良い結果さえ残すことができれば、途中経過には意味が無い。
カンニングも、論文の資料捏造も、それが明白に現れた結果ではないでしょうか。
 
つまりは、「結果だけ良ければそれで良し」ということです。
さて、今回の事件で、懲戒請求を送った人たちについて。
彼らの「結果」は「懲戒請求を送る」という行為です。
「経過」は、送ることが日本を良くすると思ったなど意見がありましたが、送るまでの「思案」、これが「経過」です。
しっかりと「経過」を通れば、懲戒請求を送るという行為は「しないでおく」という結果に落ち着く可能性の方が大きいのではないか。
つまり、現代人は結果だけを見て、途中経過を考えない、このことと、その匿名性が敷居を下げてしまった、ということではないのかな、なんて思いました。
 
(なお、私の文章は言いきらずに「思いました」と終えることが多いのですが、これも、言いきらないことで逃げ場を作るということです。)
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タテカン 2018.05.13

これは、もう、私には民主主義を揺るがす大問題だと拳を振り上げたいくらいだけれど、年寄りなんで腕が自分の肩より上に上がりません。
 
京大:立て看板を強制撤去
毎日新聞 / 2018年5月13日 11時37分
 
https://news.infoseek.co.jp/article/mainichi_20180513k0000e040154000c
 
鶴見俊輔の文章に戦前の大正・昭和の初めのジャーナリスト達は戦争反対をするも、法律を守って、次第に戦争賛成と変わっていった、それを思うとき法律を守ってデモをしてくれという声を受け入れることは私にはできない、おおよそ、そんな文章だったと思う。この記事を書くために読み返していないから、おおよそでしかないけれど。
今回の構図は戦前の戦争反対運動と同じだ。と私は思ってい
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消防団

私もおよそ10年間、消防団にいて、その間、私名義の通帳を用意したこともなかったし、誓約書を書いてもいない。私が消防団にいたのは20年ほど前で、当時と今とはずいぶん仕組みも違うのだなぁと思う。退職金はもらったので、お金持ちにはたいしたお金ではないかもしれないけれど、貧乏ったれの私にはかなりの金額だった。
岡山市:「幽霊消防団員」348人に1460万円
 
毎日新聞 / 2018年5月13日 9時0分
https://news.infoseek.co.jp/article/mainichi_20180513k0000m040107000c/
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極右

あなたが「極右」に入る日が近い理由を徹底解説! 極端な思想にハマる日本人は急増する!
https://news.infoseek.co.jp/article/tocana_58826/

メモ 総中流の意義を考え直してみること

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軍国化

日曜日、ちと事務所の、いっぱいの書類、何とかしなければと片付けを始めた.
私の片付け方法は右のものを左へ、左のものを右、上のものを下、下のものを上と置き直すのみなので、どうも、総量が減らない.これではいかんと半年後に断裁するぞと書いたダンボール箱にあれもこれもと放り込んだ.

さて、画像は京都新聞 2007年5月21日.
ニッポン知の現在 「戦中の日本」たどる米 (軍国化に巻き込まれるな) ジョン・ダワーMIT教授 という記事.

アメリカは軍国化して行っている.日本よ、それに巻き込まれるなと書いているけれど、10年経って、あぁ、巻き込まれているなぁと思う.

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ギリヤーク尼ヶ崎50周年記念公演【関西・京都】・円山公園


がつんとやられる。
ギリヤーク尼ヶ崎50周年記念公演【関西・京都】・円山公園
に行ってきた。
とくに演目の一つ、念仏じょんがら節。
 車椅子から飛び出し、転び、蹲り、念珠を振り回し、大地よ、我が祈り、そして、多くの人たちの悼みを受け入れてくれという、強靭なる願い。
これはもう衝撃を受けた。

14時公演、13時過ぎに来たときは、たくさんの人たちでいっぱいである。14時ちょうどに始まり、1時間、15時に終わったのだけれど、だれも帰ろうとせず、それから1時間以上、ギリヤーク尼ヶ崎氏を核に次々と人が入れ替わり、気持ちを言葉に替え話し込む。秋田から来たとか、かなり遠方から来た人たちも多かったようだ。だんだんと寒くなり、それではと公園内の茶店へ移動。スタッフやファンも一緒に移動する。
 私はこの時点で帰ったので、あとは知らないけれど、熱のこもった話が続いたろうなと思う。

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9条俳句の

メモ 後で。

9条俳句訴訟 表現の自由を侵すのに
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018051902000160.html

「9条俳句」不掲載、さいたま市が二審も敗訴 原告側「公民館職員の義務にまで踏み込んだ」と評価
https://www.bengo4.com/internet/n_7905/

二つの記事を比較してみること

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memo

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京都新聞より

5月1日の京都新聞 「立看板撤去 京大が通告書 学生ら抗議、騒然」
私は景観より、意志を発する場を維持することが、これからの人たちのためには有益であると考えるので、大学という場が法律をそのままに受け入れて遵守するという姿勢に不満を持つ。このように記事になることで、この問題は学生から京都市民にバトンを手渡されたと解釈しているのだけれど、先にも書いたアトム化の昨今、京都の人は受け取らないかもなぁとか、ごにょごにょ、思う。
5月2日の京都新聞 「チッソ 水俣病救済終了 公式確認62年 社長が発言」
私的には石牟礼道子の死が大きい、と思っている。62年と2018ー1945 は73年は世代が変わるには十分な時間かもしれないけれど、始末をつけきれない事柄は、継承し続けていく方がいい。これは、5月5日の「福島第一原発トリチウム汚染水 海洋放出 迫られる決断」にもあるように、人の一生程度の時間ではどうしようもないものについては、継承していくしかしょうがないが、あとの世代にしてみれば迷惑この上ないだろうなとも思う。しかし、唯一の被爆国と自認する国が、海を被爆させ、もちろん、その海は他の国とも接しているわけで、これからは日本は唯一の被爆国であると拳を振り上げる際には、あんまり上げずに、こそこそと、一応、被爆国なんですけど、くらいに収めておくほうがいいかもとか思ったりする。
5月5日の京都新聞 「幣原元首相 直筆原稿か 9条の意義強調」
宮城県で、当時のラジオ放送のための原稿が見つかったとのこと、これはぜひ読んでみたい。自衛隊は本来専守防衛のはずなのに、他所の国でも戦う、つまりは戦争をする方向へ進んでいる。
もう一度、焼け野原の中から生まれた憲法を再確認する意味でも、原稿を全文読んでみたいと思う。

 

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私はがちがちの護憲派ですけど


憲法を変えようという人たちは、(私はがちがちの護憲派ですけど)、他国から攻めてこられたらどうするんだと言う。私は攻めてこられる分には、いまの自衛隊があるのだから、憲法をいま変える必要はないやんと思うし、もしも、それだけでは、足りない足りないというならば、それは保険とよく似ているなぁと思う。将来の不安を補おうとたくさんの保険に入って、保険料の多さに目をむいている様子だ。

他国が攻めてきたらというのはどうもプロパガンダっぽくていくらかの不信感がある。それよりも、「他国を攻めてしまったら」というロジックで考えていく方が私には馴染みやすい。
 少なくとも、70数年前、他国を攻めた。そして、中盤からぼろ負けをしたので、どうも戦争で苦しんだ、辛かったという印象ばかりが残り、戦争を仕掛けたという気分が人の中にあまり残ってはいない、そんな気がする。
 言い換えれば、戦争を始めたことに、あんまり反省していないなということで、それは、今度は勝つ方にへばり付いて戦争するぞという気分を隠し持っているということではないかなと私は疑っているし、多分、アジアの他の国の人たちも、日本はなぁと思っているのではと思う。

昨日のとある催しの後、その場を通り過ぎる憲法を護れのデモを見送りながら、そんなことを思った。

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大学のパソコン転売―福岡県警

~
仕入れて販売すれば、利益は「販売価格ー仕入れ価格」だ。仕入れ価格が0ならば、販売価格がそのまま利益になる。
 良いとされる大学に入学するには、より効率的な勉強が必要になる。一定の時間内にどれだけ入試問題に正答を書き込むことが出来るかということだ。

横領容疑で准教授逮捕=大学のパソコン転売―福岡県警

 時事通信 / 2018年5月2日 17時50分

https://news.infoseek.co.jp/article/180502jijiX870/

「効率的に、より効率的に、そして最大の利益を得る」を望むには仕入れ価格が0でないとならない。
それを思うとき、こういった事件は起こるべくして起こり、今後、増えていくのではと思ったりする。
 「悪いとされることは、しちゃだめ」
 、という共通認識が根底にある社会は、実のところ、生きていきやすい。ベンチに財布を忘れて慌てて戻ってきたとき、財布がそのままにある社会と、とっくに無くなっている社会とどちらが住みやすいかということだ。競争し勝ち抜くことを是とする社会はあまり住みやすくない。そして、住みよい社会に生きる方が幸福だ。
では、悪いことをしちゃだめという共通認識をどう育めば良いのか。どうも、そこのところが難しい。

私は、本来、家庭内での教育によって成立されるのが良いと思うのだけれど、私も含め大人ってのはなぁ。
といって、学校で一律にそういうのを学ぼうというのは、どうも、気色悪い、森友じゃないけど。

人間関係が薄れ、人は「個」になっていく。「個」になっていくというのは、単純に人間関係が無くなっていくというだけでなく、自分の「顔」を無くしていくということだ。
 顔を無くしてしまうというのは、責任を取らなくてもよいということだ。
 顔を無くしてしまった人たちの集合を大衆と呼ぶならば、どうすれば、「顔のある人」に戻ることが出来るか。
 哲学を学べ、というのが私の気分ではあるのだけれど。
ま、難しい。

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素敵な女性

いやっほー、最高だ。
 素敵な女性を自転車の後ろに乗せ走っている。
 春のやわらかな風、穏やかな日差し。私のお腹辺りに後ろに乗る女性の手がある、細くて白い。顔は見ていないけれど、すっごい美人だ、と私は思っているのだ。
 背中に彼女の息遣いを感じ、物部さん、素敵って彼女が言う。
 私はもう嬉しくって嬉しくって舞い上がって、いやっほーと叫んでいるのだ。
これが、今朝、見た夢。明け方の夢は正夢というけれど、正夢でありそうな要素は一つとしてありませんな。
 何処からか私は自転車で走ってきて、家へ帰ろうとしている。
うちの家の近くを流れる小畑川、その川沿いの一方通行、がしゃがしゃ走り、橋を越えて、もうすぐ家だというところで目が覚めた。
せめてなら、家に到着したところで目覚めたかったなぁ。
きっと、彼女も、どうして物部さん、お家に着くまでに目覚めておしまいになったの、私が嫌いなの、と何処かで嘆いているかもしれません。申し訳ないことをしてしまった。

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笑う人

~会話の端々で、あっはっはと声を上げて笑う人たちがいる。
 一つのセンテンスが済むたびに、脳内にて、句読点をあっはっはと変換しているのだろう。
 特に面白い話でもないのに、声を上げて笑う。
なぜか。
 単純である。反論、己の発言に対する意見を抑え込むためである。
会話に笑い声を追加する人は会話をしようとしているのではなく、命令をしているのだ、宣言をしているのだ、自分語りをしているのだ。
 耳につくあっはっはという音を聞きながらそんなことを考えていた。

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神谷美恵子


神谷美恵子、学生時代、なんとなく読んだのが、彼女の日記だった。読んでから、彼女がハンセン病の治療と関わったのを知った。それからして、いつだったか、自分は何故生きているのかと考えた。一番、私の気分に馴染む回答は、死ぬのが怖いからだった。だって、痛いかもしれないし、死ぬ一秒手前、死ぬのを後悔するかもしれないし、始めてのことをするのは不安だし。

多分、その頃、何かの答えが知りたくて、読んだのが「生きがいについて」だ。

https://www.nhk.or.jp/meic…/famousbook/76_ikigai/index.html…

 いまは「死ぬのが怖いから生きている」のではなく、もちろん、無理やり長生きするつもりはないが、熱心に生きていようと思う。「生きがいについて」は、その端緒を与えてくれた本であるので、こうやって、NHKの番組で紹介されるのは嬉しい。

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